6日間の龍山朋子染色作品展ー心に映るものPART2ーが無事に終わり、ホッとしています。
暑かったり寒かったり、大雨だったりとどうなることかと思いましたが、370人を越える方達に作品を見ていただくことができ、とても嬉しく思っております。
ニケの羽の着物借り仕立ては女子美術大学工芸専攻科の卒業制作として初めて正絹の反物を染めた作品です。
若い頃は恵まれた作品作りの環境にいたのに、そんなに熱心に学んでいなかったかも。と、思いますが、卒業制作だけは夢中になって制作していたのを思い出します。
私たちに同じ時間は2度と戻ることはありませんが、永遠に同じ場所にはいられないことを知れたら、その時から、未来が見えてくるのだと思います。
高校時代と大学時代で計7年間通った、杉並にある女子美術大学のパティオには、サモトラケのニケ像のレプリカがある。(現在は大学は相模原へ移転)
ニケの像とは、翼をひろげた女神の像で、紀元前200年から190年くらいのものと推定されている。
ギリシャ共和国のサモトラケ島で118片の断片で発見された。
その後その欠片たちは復元され、現在の形となっているそうな。
優美でダイナミックな姿と翼を持った女性像ということから、おそらく女子美に飾られたのだろう。
生徒たちは何年もその姿を目にとめ、意識しなくても、なにかしらを感じていた。
わたしも在学中はたびたび中庭にたたずんでは、理由もなくニケの像を眺めていた。
のびやかで、力強く、美しい。その姿に憧れた。
眺めていると、本当に勇気がわいてくるような、そんな力を持っていた。
それほど、この翼をひろげた女性像は、わたしにとって意味のあるものだった。
卒業制作では、シルクの着尺に「ニケの羽」の図案を描いた。
先日、友人が再び女子美の生涯学習セミナーに参加していて、その作品展があるというので立ち寄ってきた。
彼女もわたしと同じ工芸専攻で染色を学んでいたが、もう一度始めからやり方を思い出す。と言って、昨年から3年間の染色コースをとったのだ。
わたしは4年生のとき、藍染めの型染めを専攻していた。
細かい柄が苦手で、構図がどんどん大きくなって行った。
藍の管理を任され、毎日藍の釜をかき回していたっけ。
それなのに、今はどんなふうに調合していたかさえ、全く思い出せない。
あの頃は、就職なんかしないで、北海道にわたって染織家にでもなろうかと、ばっくり思ったりしたこともある。
その頃の未来は曖昧に扉を開けていて、わたしはどこへ向かったらいいのか、よくわからないままでいた。
それでも、その扉からは眩しい光が漏れでていて、どこへ行こうと不安なんてなかったことを思い出す。
常に目の前に、光が差し込んでいる。それが、若さというものなのだ。
あれから何年経ったんだろうか。
もの作りをするのにあんなに恵まれた場所にいたのに、あの時なんでもっとのめりこんでやらなかったんだろうと悔やまれる。
でも、そんなわかりきったことさえも、「今」でなければわからなかったことだろう。
ヒトは確実にトシをとっていく。。。
目の前の扉は、プラスなこともマイナスなことも含めて、わたしに用意しているのだと思う。
いいことばかりを確信できないことも、年月を重ねた者にとっては、当たり前のことである。
そして、昨日と同じように明日が続いて行くとは限らないことも、だんだんとわかってくる。
それが、あの頃の自分と、今の自分が一番違うところなんだろう。
わたしが不安を感じていたとき、チャリが言った言葉に、とても楽になった。
「今日が永遠に続くことなんて、あり得ないじゃない?」
曖昧な未来は、今でも続いている。それは、誰の目の前にも。
明日のその先はいつもわからないけれど、前に進んで行く勇気だけは忘れない。
人とのつながり、小さな幸せ、そして健康と笑顔。
そして、気持ちはあの頃と何も変わってはいない。
心に、翼を持って生きる。
これが、わたしのこれからの決意である。
新しい扉に向かって、ニケのように、翼をひろげて行く。

















