刑事政策Bレポート
法学部9137番永浜歩
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人堀井準ほかの上告趣意のうち,死刑制度に関して憲法13条,31条,36条,98条2項違反をいう点は,死刑制度が憲法のこれらの規定に違反しないことは当裁判所の判例(最高裁昭和22年(れ)第119号同23年3月12日大法廷判決・刑集2巻3号191頁,最高裁昭和26年(れ)第2518号同30年4月6日大法廷判決・刑集9巻4号663頁,最高裁昭和32年(あ)第2247号同36年7月19日大法廷判決・刑集15巻7号1106頁)及びその趣旨に照らして明らかであるから,所論は理由がなく,被告人の供述調書に関して憲法38条1項,2項違反をいう点は,記録を調べても,被告人の捜査官に対する供述の任意性を疑うべき証跡は認められないから,前提を欠き,共謀共同正犯の成立に関して判例違反をいう点は,原判決の認定に沿わない事実関係を前提とするものであり,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。なお,所論に鑑み記録を調査しても,刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。付言すると,本件は,オウム真理教(教団)幹部の被告人が,いずれも他の教団幹部らと共謀の上,(1) 平成6年5月9日,反教団活動を行っていた弁護士が死亡するかもしれないと認識しながら,あえて,同人の普通乗用自動車に化学兵器である神経剤のサリンを滴下して気化させ,車内に流入させるなどして,同人にサリンガスを吸入させるなどしたが,サリン中毒症の傷害を負わせたにとどまった。
(2) 教団で製造したサリンの殺傷効果を試すとともに,裁判官を殺害して教団を当事者とする民事裁判を妨害する目的で,不特定多数の者を殺害しようと企て,同
(2) 教団で製造したサリンの殺傷効果を試すとともに,裁判官を殺害して教団を当事者とする民事裁判を妨害する目的で,不特定多数の者を殺害しようと企て,同
年6月27日深夜,長野県松本市内にある裁判所宿舎の近くにおいてサリンをひそかに噴霧して周辺に発散させ,サリンガスを吸入させるなどして付近住民合計7名を殺害するとともに,合計4名にサリン中毒の重傷を負わせたが殺害の目的を遂げなかった(いわゆる松本サリン事件),(3) 同年12月2日,教団の活動の妨げになると考えていた当時82歳の男性が死亡するかもしれないと認識しながら,あえて,化学兵器である神経剤のVXを同人の後頭部付近に掛けて体内に浸透させたが,VX中毒症の傷害を負わせたにとどまった,(4) 教団に対する強制捜査を阻止,かく乱する目的で,不特定多数の乗客らを殺害しようと企て,サリンを生成した上,平成7年3月20日午前8時ころ,東京都心部に向かう5本の地下鉄電車内等で,ほぼ同時にサリンを発散させ,サリンガスを吸入させるなどして乗客や地下鉄職員合計12名を殺害するとともに,合計14名にサリン中毒の重傷を負わせたが殺害の目的を遂げなかった(いわゆる地下鉄サリン事件),という事案である。いずれの犯行も,教団の組織防衛等を目的とし,法治国家に対する挑戦として組織的かつ計画的に行われたものであり,各犯行の罪質は極めて反社会的で,人命軽視も甚だしいというべきである。特に,松本サリン事件及び地下鉄サリン事件では,無差別殺人を企図して殺傷能力の極めて高いサリンを深夜の住宅街や平日の通勤時間帯の地下鉄電車内等に広く散布して合計19名もの死者を出しており,残虐で非
人道的な犯行態様と結果の重大性は比類のないものである。殺害された被害者の遺族及び今なお深刻な健康被害に苦しんでいる負傷者らの被害感情は極めて厳しく,社会に与えた衝撃や不安も甚大であった。被告人は,実行犯ではないものの,教団幹部の立場で,科学的知識を利用してそれぞれの犯行に関与して重要な役割を果たしたものであるところ,殊に,松本サリン事件においては,医療班の一員として犯行現場まで同行し,サリン噴霧中,実行者がサリン中毒に陥った場合に備えて解毒剤を投与するための注射器等を携帯して待機するなどして,犯罪実行の上で重要な任務を果たし,同事件によってサリンの強い殺傷能力が悲惨で重大な結果を招くことを知ったにもかかわらず,地下鉄サリン事件においては,教団が再び不特定多数人の殺害にサリンを使用することを認識した上で,教団の教祖Aの指示に従い,サリンの生成に主体的に関与し,できたサリンを小分けして共犯者に渡すなどして,犯行に欠くことのできない重要な行為に及んだのであり,その刑事責任は極めて重大である。そうすると,Aの指示に従って本件各犯行に加担するに至ったこと,被害者らに対する謝罪の言葉を述べ,遺族に謝罪の手紙を出していること,証人日当を積み立てた中から50万円をサリン事件等共助基金にしょく罪寄附していること,(1)の事件の被害者に対し,共犯者により一応の被害弁償がされていること,捜査の早い段階で,地下鉄サリン事件のサリン生成に関与したことを告げ,教団内に既にサリン等は存在しないことを明らかにして捜査に協力していること,被告人には前科がないことなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,原判決が維持した第1審判決の死刑の科刑は,やむを得ないものとして当裁判所もこれを是認せざるを得ない。よって,刑訴法414条,396条,181条1項ただし書により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
上記、
死刑の量刑が維持された事例の概要は次の通りである。かの有名なオウム真理教幹部が、その教団員を傀儡のように動かし、実行行為を相互補完的に行なったとして、共謀共同正犯の扱いで、死刑宣告を受けている。その教団員は人の生命侵害の危険を多量に含有している
サリンを使い上記四件に渡って人の生命侵害を現実のものとしている。
死刑の量刑が維持された事例の概要は次の通りである。かの有名なオウム真理教幹部が、その教団員を傀儡のように動かし、実行行為を相互補完的に行なったとして、共謀共同正犯の扱いで、死刑宣告を受けている。その教団員は人の生命侵害の危険を多量に含有している
サリンを使い上記四件に渡って人の生命侵害を現実のものとしている。
共謀共同正犯とは、二人以上のものが、犯罪の実行を共謀し、そのうちのあるものが共同の意思に基づいて実行した時、自ら実行を担当しなかった他の共謀者にも責任を負わせるものである。この理論の趣旨は、①背後の大物を正犯として処罰することができ、②複雑な共犯現象における立証の困難さを救済することができるといった実務上の利点からである。
単に共謀をするにとどまり、現実に実行行為を分担していない者へ責任を課すのには、共同正犯の要件たる共同実行の事実が欠けるのではないかという問題がある。
刑法60条が「すべて正犯とする」と規定して一部実行全部責任の原則を認めているのは、共同実行の意思のもとに相互に他人の行為を利用し補充しあって犯罪を実現するからである。したがって「共同して実行した」とは、共同者相互に共同実行の意思があり、この共同実行の意思のもとに相互に他人の行為を利用し補充しあって犯罪を実現することを意味し、必ずしも共同者全員の実行行為の分担は必要ではないというべきである。
とすれば、①相互に他人の行為を利用し補充しあって犯罪を実行する意思があり、②二人以上の者がある犯罪を行うために相互に他人の行為を利用し補充し合って、各自の犯意を実現する内容の合意があり、③共謀者の一人が共謀
に基づき実行行為を行う場合には、実行担当者だけでなく、実行行為を担当しなかった共謀者も、すべて共同正犯が成立すると解すべきである。
に基づき実行行為を行う場合には、実行担当者だけでなく、実行行為を担当しなかった共謀者も、すべて共同正犯が成立すると解すべきである。
そして、共謀は、実行行為者の行為と、同程度の重要な役割を演ずるという対等な関係、または実行行為者を自らの代弁者として実行行為をさせるという支配的な関係が形成されるとういう内容のものでなければならない。なぜなら、他人の行為を利用し補充しあって犯罪を実行するために共謀があり、これが犯罪の実行に準じた重要な役割を果たす性質のものでなければならないからである。
本判例事案においても、本文中「教団の組織防衛等を目的とし,法治国家に対する挑戦として組織的かつ計画的に行われ」とあるように①教団の組織的な意思合致の存在②それを実行にうつし、現実のモノにしようという内容の合意③実際に幹部のうちの一人がなした上記四件の犯罪が認められ、本判決は妥当な理論となっている。つまり、高裁の判決と変わらぬものとして、本件上告を棄却している。
さらに、死刑制度についても議論している。
死刑は人の最も重要な財産である命を重い罪を犯したものから公開処刑などで奪うことから、犯罪者に対する威嚇効果が生まれる。それゆえ死刑制度は、元来から、犯罪に対する抑止効果を求め、用いられていた。しかし、人を命と共に社会的に抹消してしまうという他の刑罰と異なる特別性を持つため、度々この死刑制度は疑問視される。現在日本では死刑制度が採用されている。そのためには法的根拠が絶対に必要とされる。
刑罰は一般人の犯罪を防止する意味を持つと考える一般予防論からは、死刑は、犯罪者の生を奪うことにより、犯罪を予定する者に対して威嚇をなし、犯罪を予定する者に犯行を思い止まらせるようにするために存在することになる。犯罪者の再犯を防止することを刑罰の目的とする特別予防説からは、死刑は、矯正不能な犯罪者を一般社会に復して再び害悪が生じることがないようにするために、犯罪者の排除を行うこととなる。このほかに、犯罪人に対して応報の原理に基づき、刑罰を課すことを正当化
する応報刑論も存在する。
する応報刑論も存在する。
日本では、最高裁判所(
昭和23年3月12日大法廷判決)において、応報論ではなく威嚇効果と無力化効果(隔離効果)による予防説に基づいて合憲とされた。
昭和23年3月12日大法廷判決)において、応報論ではなく威嚇効果と無力化効果(隔離効果)による予防説に基づいて合憲とされた。
