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激盲崎_いてみたが、牛太郎は三行目で読むのをやめ、折り畳んで利兵衛に返した。
「全部読んでないじゃありませんか」
「いいんだ」
 牛太郎は手袋で瞼を拭いながら家屋の中へまっしぐらに歩いていく。
「どうすればいいのですか、これは」http://www.jojbk.com

 利兵衛が鬱陶しく付きまとってくるが、
「取っておけ。いくさが終わったら読む」
 牛太郎は後ろ手に戸を閉めた。唇を引き結び、頭を垂らして立ちつくす。
 おそらく寧々が藤吉郎に報せたのだろう。あの夫婦は昔からの馴染みだから。
 藤吉郎らしからぬ心配りは胸に染み入るが、いくさの間だけは忘却していたい。ただ、短いながらも感謝の言葉だけは書きしたため、北近江の藤吉郎に送った。
 終局は九月二十九日にやって来た。
 津島に大軍を集結させてから二カ月以上を経ている。この間、織田軍には美濃尾張の米櫃から兵糧が絶え間なく送られてきているのに対して、長島は空っぽであった。当然、秋の収穫どころでもなく、十万人近くが過密している長島城、他二つの砦の中は言葉を失う惨状であるという物見の報告があった。
 大半は餓死している。蠅が飛びまわり、腐臭が支配し、生き残っている者も、もはや、干からびてしまって南無阿弥陀仏の声も出ない。
「生き残っていることすら地獄じゃないか。さっさと降伏すればいいのに」
 牛太郎が嘆くと、それを聞いていた弥八郎が答えた。
「本願寺宗家が織田との和睦交渉に入ってくれることを長島は待っているのではないでしょうか」
 長島は願証寺が建立されて以来の教国であり、支配者は己の利益しか考えていない独裁者ではなく、自分たちの信仰であった。一向門徒にとってみれば長島は慎ましいながらも楽園だったのである。
 だから、意地でも明け渡したくはない。彼らはここでしか生きられなく、ここでしか存在を確認できない。
 戦うこともままならない彼らの一縷の望みは、和睦しかなかった。
 実際、石山本願寺と織田軍は朝廷を介して一度は停戦した経緯がある。上京の焼き討ちのときも帝のとりなしにより、足利義昭と和解した。
 ところが、こと長島に至っては二カ月間、何も進展はなかった。
 一向門徒は命の無駄遣いをやめ、長島を捨てることを決意し、本陣の伊藤屋敷に使者を遣わし、降伏開城を願い出た。
 上総介がこれを許したという報せとともに、簗田勢に対して長島が望める岸辺に進軍する下知が渡された。
 牛太郎と太郎が二千の兵を連れて岸辺までやって来ると、天高く突き抜けた秋空の下にはすでに織田永楽銭の旗指し物でびっしりと埋め尽くされていた。
「まさか、ただの見物じゃないよな、これは」
 牛太郎が言うと、隣で黒連雀に跨る太郎はただ唇を噛み締め、旗指し物の向こうに垣間見える長島城を睨み据える。
「やる気なんじゃないのか、信長様は」
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 玄蕃允はあっさりと言った。
 そうしていると、牛太郎の下に本隊からの使い番がやって来て、牛太郎だけを上総介が直々に呼んでいるという。牛太郎は思わず太郎に顔を向けてしまう。
「行かなくてはなりませんでしょう」
 宿屋兄弟が声を上げて兵卒たちをかきわけていき、弥八郎、利兵衛を後ろに従えて、栗之介と栗綱とともに波打ち際まで出てきた牛太郎は、川の浅瀬を小走りに、使い番のあとを追っていく。
 対岸の長島城は目と鼻の先で、中州と中州の間もわりかし広くはなかった。水かさもおそらく腰まで浸かるぐらいであろう。対岸にはすでに無数の小舟が漕ぎつけられており、門徒衆も長島城からぞくぞくと出てきていた。
 牛太郎はそちらにあまり目を向けないことにする。
 ひしめき合う織田軍の前をひたすら横切っていくと、やがて、目を疑う光景が入ってき