先日、30年前のメンバーで呑もうと誘われて豊田市へ。
840Dと言っても分からない。AE100と言うカローラで有る。
この車は最初に試作のお仕事をトヨタで学んだ記念すべき車である。
当時カローラと言えば大変大きなプロジェクトだった。。。今もか。
トヨタメンバーは係長の下に30才のTさんをリーダーに大卒の新人Sさん
そして自分20才と、ダイハツからNさん、当時23才、織機からMさん、矢崎からIさんという
大所帯で運営して居た。
今となっては試作車を作って問題など、出そうものならオオゴトで有る。
図面段階での予測失敗と判断されるからだ。しかし当時はまだ
「作って初めて問題がわかる!」毎日50件以上問題が摘出され4000件くらいを解決する為
毎日検討会と議事録書いていた。手書きだよ。
加藤副社長もまだ係長級で何十本も検討会やったなーCEはあの斎藤さんで途中から本多さんに。

さて、リーダーのTさんに何を学んだか?実はあまり仕事は教わってはいないと思う。
土日もTさん宅に入り浸り、夜な夜なカーグラTVを見ながらあーでもこーでも語ったり
奥さんも、近所の人達には、自分はいとこ言う事で通していた。
何故なら、そのお宅にはピットが有り、お二人が居ようが居まいがヨタハチを持ち込み
勝手に整備して居たからで有る。
将来の話とかどうするんだみたいに言われ、俺は適当に見たな回答したら本気で怒られたり
ピットの片付けが足りず又々本気で怒られたり。今思えば相当人として育てられました。

そのTさんも今年末で定年で有る。自分が30才の時には同じ事は到底出来なかったし
今でも出来ていない。良く後がまとか誰?とか言われるんだけど、正直分からない。
もっとも、Tさんも俺を後がまとして育てた訳では無いだろうと思う。
でも本気だった事は確かである。


自分の姉は高校の先生で有る。過去に自分が塾の先生になれば良いと言ったら
「勉強を教えるだけがしたい訳では無い」と言われたが理解できなかった。

現在も理解出来ていないのかも知れない。この歳になるとプレイヤーとしての技量より
管理者とか人財育成とかそこが業務になって来る。
しかし、やっぱり俺は塾の先生の様に車の事、評価の事を教えたたかった。
学びたい人にハイスペックのテクニック伝授とか。現実は朝来ないメンバーの相手とか
かなり学校の先生的対応が大半である。

自分も後10年と思うと短い様に思うが、20才からの10年と思えば相当長いし何でも出来る。
よーし適当に頑張ろう。(分かってない)