もう、
かれこれ、
30年前の話になる。
当時、
バレリーナと僕は懇意にしていた。
彼女の舞台があるというので、
(彼女は、
舞踊家の大家の前座)
花束を持って、
老舗のフルオケも演奏しに来る
ホールに行った。
僕は関係者ということで、
楽屋に行けた。
このホールは、
音楽の殿堂であり、
現在は改装され、
近未来的な巨大建築物になったが、
当時から、
巨大だった。
国立の古い病院のような、
リノリウムと
むき出しの電灯の下、
ウネウネと客席の脇の秘密の通路を通って、
舞台裏の横手にある
楽屋に行く。
楽屋の入り口で、
『おはよう・・・』
と
言いかけて、
僕は
あまりにピリピリな空気に
言葉を失った。
僕を見つけて、
バレリーナの彼女が
僕のもとへ走ってくる。
そのまま
無言で手を引っ張られ、
僕らは非常階段に、
彼女の先導で行った。
『だめだよ。
男子禁制だし、
先生や先輩がいるから。』
きっと
宝塚もこんな感じなのかな?
と
あの恐ろしい殺気に身震いしつつも、
ブーケを渡した。
『ありがとう。
こんなのいいのに。』
と
彼女はそういいながらも受け取った。
ただ、
あの戦場のような緊張感の中、
ブーケを持って、
彼女は戻れるだろうか、
少し心配した。
彼女と僕は非常階段に隣同士に座り、
彼女の舞台メイクを
間近で初めて観た。
目なんて、
歌舞伎のメイクみたいだ。
実際、
芸人の何かしらの舞台を観に行った方や、
直接お逢いした方は、
舞台メイクというのが、
すごい特殊メイクだとご存知だろう。
彼女は
目がとても大きくて、
綺麗なのに、
これだけ化粧しないと
遠くからでは
よく判らない、ってことか。
とりあえず、
彼女の舞台まで、
僕は寝てしまった。
客席で。
彼女の前座の踊りはミスがあったけれど、
僕は拍手を贈り、
大取の出番を待った。
初めて、
バレエの世界で
長年生きている「舞踊家」という仕事を生で観た。
僕はハタチ過ぎってことを抜きにしても、
泣いてしまった。
なんだろう。
僕は
敢えて、
桟敷席で観ていたんだけれど、
指先一つに「命」が宿っている。
「踊り」というものの力を思い知った。
大先生は
きっともう他界しているだろうが、
あの経験は強烈に想い出す。
エモーショナルで、
ビューティフル。
無駄もない。
全てが表現者だった。
あれから、
僕は彼女と疎遠になり、
バレエも
ダンスパフォーマンスも観ていないけれど、
僕も舞台に上がっていたので、
よく
彼女にレッスンを受けた。
回転するとき、
体幹が歪んでいる!
なんて怒られたけれど、
彼女は、
ホンノ小娘のときから、
踊っているんだ。
僕はハイティーンで舞台に上がった程度で、
到底、
追いつけない。
そんな古い思い出話のオチは、
長年、
表現を追い求めたものは、
如何なる手段であろうとも、
その方法で、
人の心を打つことが出来るという真実だ。
あの老女の踊りを
僕は
忘れることが出来ない。
※リライトするにあたり、
出だしの20年前を30年前に変えた。
これは10年前に書いたものか。
彼女はどうしているだろう。
美人さんなので、
元気にやっているでしょう。