こんにちは。有本博英です。
人間、生まれたときから演じてる人はいません。そして生まれたときから悪い人もいません。つまり、生まれたときはみんな『素』で『Good』の自分からスタートするのです。(映画オーメンのダミアン(古!)みたいに悪魔の子、というのは一応人間の子ではありませんので。)
ちなみに成長してもずっとどこでも『素でGood』を維持し続けたような人を『てんねん』と言います。
ではいつ頃から演じたりDarkサイドが出たりするのでしょうか。おそらく思春期のころ、親のエゴやウソが見え始めたり、社会の矛盾などに気付き始める頃、すべてが鬱陶しく感じ、投げやりになったり暴力的になったり、いろいろとDarkな部分が現れ始めます。つまりこの頃は一旦『素でDark』になるのです。
この『素Dark』のままいくと、いわゆる不良から、やくざや犯罪者、はてはバットマンに出てくるジョーカーのようなとんでもないヤツになってしまいます。普通は『素Dark』のまま押しとおすわけにはいかない。そこで、『Good』を『演じる』必要性が出てくる。いわゆる『外面(そとづら)』とか『内面(うちづら)』とか言うヤツです。
前回も述べたように、多くの人は外でGoodを演じることが多いので、内/外=素Dark/演Goodとなります。だからこそ、庶民に人気の時代劇や漫才ネタなどはこれを踏襲しています。必殺仕事人とか、大助花子の漫才とかは、外で演じている人を内でこき下ろすから共感できて面白いのです。
逆に内でGoodを演じはじめる、つまり内/外=演Good/素Darkの状態になって行く人もいます。やくざのヒーローみたいなのはだいたいこのタイプ。内も外も素Darkの不良だったのが、ヤクザになって行く過程で好きなオンナが出来たりして、内でGoodを演じ始めるのです。本宮ひろ志氏の漫画の主人公なんかを思い浮かべてもらえればわかるかと思います。
まとめると、
1) 素Good(こども。そのままいけば天然)
↓
2) 素Dark(思春期=>不良。そのままいけば犯罪者、極悪人。バットマンのジョーカー)
↓
3a) 内/外=素Dark/演Good(庶民。マジョリティ)
or
3b) 内/外=演Good/素Dark(やくざのヒーロー)
という過程をたどるということですね。
次回は、この段階の次にどう変化していくのかについて考察してみます。(この項続く)
人間、生まれたときから演じてる人はいません。そして生まれたときから悪い人もいません。つまり、生まれたときはみんな『素』で『Good』の自分からスタートするのです。(映画オーメンのダミアン(古!)みたいに悪魔の子、というのは一応人間の子ではありませんので。)
ちなみに成長してもずっとどこでも『素でGood』を維持し続けたような人を『てんねん』と言います。
ではいつ頃から演じたりDarkサイドが出たりするのでしょうか。おそらく思春期のころ、親のエゴやウソが見え始めたり、社会の矛盾などに気付き始める頃、すべてが鬱陶しく感じ、投げやりになったり暴力的になったり、いろいろとDarkな部分が現れ始めます。つまりこの頃は一旦『素でDark』になるのです。
この『素Dark』のままいくと、いわゆる不良から、やくざや犯罪者、はてはバットマンに出てくるジョーカーのようなとんでもないヤツになってしまいます。普通は『素Dark』のまま押しとおすわけにはいかない。そこで、『Good』を『演じる』必要性が出てくる。いわゆる『外面(そとづら)』とか『内面(うちづら)』とか言うヤツです。
前回も述べたように、多くの人は外でGoodを演じることが多いので、内/外=素Dark/演Goodとなります。だからこそ、庶民に人気の時代劇や漫才ネタなどはこれを踏襲しています。必殺仕事人とか、大助花子の漫才とかは、外で演じている人を内でこき下ろすから共感できて面白いのです。
逆に内でGoodを演じはじめる、つまり内/外=演Good/素Darkの状態になって行く人もいます。やくざのヒーローみたいなのはだいたいこのタイプ。内も外も素Darkの不良だったのが、ヤクザになって行く過程で好きなオンナが出来たりして、内でGoodを演じ始めるのです。本宮ひろ志氏の漫画の主人公なんかを思い浮かべてもらえればわかるかと思います。
まとめると、
1) 素Good(こども。そのままいけば天然)
↓
2) 素Dark(思春期=>不良。そのままいけば犯罪者、極悪人。バットマンのジョーカー)
↓
3a) 内/外=素Dark/演Good(庶民。マジョリティ)
or
3b) 内/外=演Good/素Dark(やくざのヒーロー)
という過程をたどるということですね。
次回は、この段階の次にどう変化していくのかについて考察してみます。(この項続く)




