さて、残るテーマが
①国民の知る権利が阻害される
②特定秘密を知ることが出来る者を調べる適性検査に、「家族関係」が含まれている。これでは犯罪者の子供は絶対に知る立場になれない。出自差別だ。
というのがありますね。
①について
国民の知る権利・・・、確かに広義では阻害されるでしょうね。ただもっと根本的に考えて欲しいのです。
国民が国の情報すべてを何でも知れたら、この国はとっくの昔に消えています。
考えてみてください。私たち一人一人が自分の国の持っている軍事情報や国際機密等々、何でも知れたらどうしますか。そんなの外国の方々のいい迷惑ですよ。だって、日本に何か一つでも自国の情報を与えたら全部漏れるのですから。
国民の知る権利は無限大のものではないです。公共の福祉の前には当然制限されなければいけない話なのです。濫用は確かにいけないことですが、国民が修正する権利を有していること、またそれを機能不全に陥らせないよう維持することが最も大切なことでしょう。
知る権利ガー、とか言っているのは他国のスパイか、権利の本質を勘違いしたお馬鹿さんです。大体、あんたら家族同士だって探られたら家庭崩壊しちゃうような秘密があったりするだろ・・・・。何で類推適用出来ないんだ(怒)
②について
これも確かに表面的には法の下の平等に反するんですよね。家族に犯罪者がいるから不適格・・・なんていうのはよくある話です。
ここでは理想論よりも、現実論。家族に犯罪者がいて、それが周知されるとその家族は??
当然、社会的に不利益を被るんです。犯罪者を出した家など信頼できないって。
当たり前の話ですよね。人間、家族関係というのはどこまでいっても切って切り離せない話です。それが時に犯罪の抑止力にもなるし、助長材料になったりもする。家族と個人を完全に切り離して考えること自体が不自然なんです。家族によって人格形成される部分が大であるのだから当たり前の話です。
仮に家族と個人を完全に切り離せたとしましょう。まあ、人類は100年で滅びるでしょうね。それはすなわち生命であることの放棄ですから。人間は生まれながらにして平等、という言葉を言葉尻だけで考えるから勘違いするんです。
国家機密を扱う人間はすなわち国家の要です。はっきりいってそこらへんのタレント議員なんかよりずっと要です。その要をお涙頂戴のセンチメンタリズムに任せることなど出来るはずがありません。そんな不利な状況下でも本当にもの凄い実力を持った人間は浮かび上がってきます。それを許すのが生まれながらにして平等の意味でしょうね。あとは、生まれながらにして奴隷ではないということとかもありますが・・・。
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さて、①と②には共通項があります。
権利の本質と、その適用範囲を著しく勘違いしてしまっている。
これが最大の問題です。このような人間は何をしでかすか。歴史が不幸な未来を示唆していますよね。よって結論。
運用を適宜修正出来るようにすれば、何の問題もありません。
自分の見ている世界の正統性を微塵も疑わない人間が、とんでもない憲法を作って、とんでもない法律を作って、とんでもない迫害を国民に強いるのも、歴史が教えてくれる事実ですね。
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