年末年始、能登の震災を特集した報道や記事を見かける
奥能登の友人たちとは頻繁に連絡を取り合っているが、最近、彼らの口から
「取材と全然違う…」
「もう偏った同情には辟易する」
「あんな事、言っていない!」
多少の怒りを込めてそう話すのだ
震災から一年という取材で彼の母親が
「誰にも迷惑かけないから、生まれた村で死なせてほしい」
「水道もガスもとは言わない、せめて電気だけでも」
そのようなニュアンスで吐露した言葉
それが
「国も県も何もやってくれない」
「石破さんは能登を見捨てた」
「私たちに死ねというのか」
こんなことは一言も言っていないという
マイクの前で
「旨く言えないんだけど…」
というと
「こちらでアナウンサーが代りに伝えます」
そう現場の記者が説明してくれたというのだ
複数の番組では建築や防災の専門家が
「もう安全な場所に移り住むことが必要だ」
と断言しているが
この地域に住む人は何代もこの地で暮らしている
「景観10年、風景100年、風土1000年」
こんな言葉で表現される能登には”風土”がある
今までは大きな震災も戦災もなく
様々な歴史遺産が随所に残っている
元々はとても”安全な場所”だったのだ
少ない住民の為に大きな予算を使うことが国全体から見ると優先順位が高くないことは能登の人々は痛いほど理解している
冒頭の
「誰にも迷惑かけないから、生まれた村で死なせてほしい」
この言葉が全てを物語っている
長い年月と大きな予算を使ってまで利便性や快適性を求めた住まいなどいらないのだ
「せめて電気だけでも…」
という背景には現代的なインフラ整備が遅れた田舎にとっては都会と異なり手段があるからだ
繋がるまでは
新鮮な湧き水や井戸水がある
竈や囲炉裏で薪を燃料にすればよい
世の中がブームのごとく叫ぶ「SDGs」など特別な事ではない
日本の原風景ともいわれてきた能登半島は決して死なない
もちろん震災後は長い間、不便な生活を余儀なくされている
それでもそんな贅沢な願いは誰も要求していない
多くの人々がじっと我慢を強いられていても報道にあるような愚痴はこぼさない
”誰か”のせいにしたり
”誰か”を非難したりしない
「能登は優しや土までも」
日本の原風景が育んできた能登人は強くて優しい
