アイドル雑誌の元ベテラン編集者…

彼女自身はファッション誌が希望だった

入社後、その夢が叶って昼夜働いていた

当時はファッション雑誌の創刊ラッシュだからどの部署も人手が足りなかったとのこと


今は逆にネットの影響もあるのか

休刊ラッシュ…のようだ


アイドル雑誌もジャニーズJr.の台頭で

人手が足りなく突然の異動だった

正直、当時は左遷?とまで思い詰めた

そんな気持ちのまま現場へ行くと


当時(異動は2000年)は

1997年デビューのKinKi Kids

1999年デビューの嵐

を二人の上司が担当していて

それ以前のデビュー組も

TOKIO、SMAP、V6…と

担当が決まっていた

そんな中、彼女はデビュー前のJr.を

担当することになったとのこと


デビュー組は連日テレビで見かけるが

彼女の取材対象はひとりひとり記憶するしかなかったという

事務所からの資料(宣材資料)的なものはあったらしいのだが他の芸能事務所とは異なり一回の取材も複数の場合が多く編集者側で整理する必要があったのだ

特に公開収録になる前にスタートした

ザ少年倶楽部」のスタジオ収録時代の

取材の大変だった記憶は今でもその苦労は鮮明だという


雑誌の校正段階で写真と氏名を間違えるのも、今でこそ言えるが日常茶飯事だったらしい

事務所側の人も間違えてるのじゃないか?

と言えるほど煩雑な現場だったのだ


そして少し慣れた頃に

2002年にタッキー&翼

2003年にNEWSがデビューしたのだ


※ブログへの投稿をお願いしていた為、当時の取材ノートを見ながら話してくれた




その当時のメモ書きの中に

Kis-My-Ft2のページに

「ローラー隊…」

「松本と交代…」

「増田貴久二代目センター…」

興味深い内容がいくつもあり彼女に説明を受けて妻と真剣に聞いていた

ここが一番食いつきポイントだった(笑)


当時は複数のJr.内のグループも存在していて

新人編集者に引き継ぎが大変だったらしい

デビュー組の完成度を上げる為に

掛け持ちでグループ活動することがあったからだ、側から伺うと試験的な試みに感じられたが…

実際、事務所側も試行錯誤だったようだ


但し少年たちは皆、真剣だったという

事務所に〝差別〟や〝区別〟の意思はなくても

芸能界の厳しさは今以上で

自ずと〝格差〟は存在していたとのこと

メディア側の露出もそれに合わせてだ


そんな現場に彼女は十数年いたとのこと

アイドル全盛期を側から見ていたのだ


タレントには加齢とともに付きまとう

「進化」と「老化」があるという


俳優陣なら歳にあった役割が与えられる

学園ものから恋愛、医師役、刑事役、様々な起用チャンスが訪れる

俳優は加齢と共に〝進化〟と〝変化〟を絶えず求められる

学園ドラマで人気を博した俳優がその後、配役に恵まれず苦労するのも芸能界の現実だ

米倉涼子が「ドクターXシリーズ」の大門未知子のキャラ固定を避けるように強烈なヒットを生むとその後の役づくりに影響する


アイドルとなるとそれがもっと鮮明だ

月9全盛で記録的な視聴率を上げたアイドルもその影響は少なくないのが現実なのだ


所属タレントの加齢は

全盛期を迎えたジャニーズ事務所の唯一の課題だったのではないか…と彼女は言う

俳優業やコメンテーター、バラエティ番組では成り立つがグループとしての活動に限界も出てくるからだ


そんな中、それぞれの才能や個性で活躍していながら〝アイドルグループ〟の形態で20年…


全くと言って良いほど

〝老化〟も〝劣化〟もなく華やかにステージで躍動するNEWSを見て感動すら覚えたのだ


大人ジャニーズ(アラフォーの域)の領域

そんなNEWSに〝進化〟しか感じなかった

それほどの感動があったようだ


「NEWSは大人ジャニーズの最高傑作⁈」

彼女にそう言わしめたのだ

今は彼女が彼らにハマりチームNEWSに入って

「未来へ」「UR not alone」を合唱したいと言うのだから…


彼女と話したこと全ては書けないが

後編では

ライブ映像試聴後の感想をアップ予定だ


後編へつづく