こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。
NYアクターの生活、オーディション、現場での様子、また独断によるツッコミなどをお届けしています。
外国語の映画やテレビがストリーミングされる時には吹き替えが頻繁に行われる…それはテレビやコンピュータ画面は小さすぎて、字幕だと非常に読みにくかったり、また翻訳者によっては字幕が長すぎたり、さらに原語がわかる観客にその翻訳のアラがバレてしまったり…という事が起こるからだろう…ただ、字幕の翻訳というのは本当に難しく、何より短時間ですぐに読めるようにする必要があり、とにかく短くなければならないので、時には思い切った意訳が必要だったりする…それがしばしば「誤訳」の濡れ衣となったりする事もあるのだが…
そこで我々声優の出番となる訳だが、最近はその声優のリクエストに「Voice Match」が課される事が増えた…これは「元の俳優の声と同じ、もしくは極めて似ている事」…という事である…確かにそういえば、特にアメリカのストリーミングで韓国産のドラマを見たりすると、元の俳優さんの声と英語の声優さんの声が非常に似ていて、「この人英語もこんなに喋れるの?!」と驚かされたりするが、これはVoice Matchのおかげなのである…
実は私はこのVoice Matchが大嫌い…というか、オーディションのSidesに「Voice Match」という文字を見た途端、やる気が60%くらい消滅してしまう…というのが、正直なところだったりする…
そもそも声というのは指紋と同じようなもので、全く同じ声というのはあり得ない…だから「似ている声」という訳だが、逆を言えば、どんなに芝居が良くても声が似ていなければアウト…という事でもある…まぁ、アメリカのタレント層は信じられないほど厚いので、芝居が良くさらに声も似ている声優がちゃんと見つかってしまうのだが…
そうでなくとも、吹き替えの場合、我々声優は、その元の俳優さんの演技にある程度合わせる必要はある…画面では怒っているのに、声だけハッピー…というわけにはいかないからだ…だから特に苦労しなくても、たまたま声が似ている…という場合は、これは何の問題もない…問題は、微妙に違うが微調整で何とかならんか?!…という場合である…
私は声域だけは広いので、「高音」「中高音」「中音」「中低音」「低音」という大体の音域は似せる事ができるのだが、問題は話し方…私が受けるオーディションの多くは、日本語から英語…という場合が多いのだが、この日本語というのは、特に東京弁の場合、声だけだとかなりフラットな話し方をする人が多いのだ…そして、実は誰かと声が「似ている」と感じるのは、その音域もさることながら、実は似ているのは「話し方」の方だったりする…ところが、日本語のフラットな話し方を英語でやると、はっきり言って棒読みにしか聞こえない?!…おそらく画面の表情と一緒に見れば、決して棒読みではないはずなのだが、声だけ聞くと「この人は怒っているのか?それとも悲しいのか?それとも何も感じとらんのか?!…一体何が起こっているのかさっぱりわからん…」という事がしばしばある…
そしてここでジレンマに陥る…このフラットなまま英語で録音する…べきかもしれないが、それだとまるで私が棒読みしかできないみたいではないか?!…キャスティング・ディレクターは大抵日本語なんかわからないから、私の英語の録音だけから判断する…その時「これは元の人の喋り方がこういう感じなんや~!」てな事は知らず、「何この棒読み?…はい、次!」となるのではないか?!…そしてそのまま「こいつは棒読みしかできん奴」として覚えられたら?!
ところが、フラットではなく、声に感情やニュアンスを付けると…これまた全然似てへんやん?!…声の音域やトーンは近いはずなのだが全く別人に聞こえるではないか?!…まぁ、実際別人なのだから仕方がないとはいえ、「声が似ている事」というのが大前提なのだから、これでは話にならない…
…という葛藤が毎回あるので、私はVoice Matchが嫌いなのだが、ある時、実は私が出たいと思っていた作品の吹き替えのオーディションが来た…その役の年齢層は私のタイプ…声の音域は、まぁ出来なくもない…しかし私に与えられたのはその女優さんの声のサンプルだけで、これだけ聞くと、はっきり言って棒読みなのだ…おそらく実際に画面でその顔の表情も見れば、緊迫した演技が見られるのかもしれないが、残念な事にそれが声に表れていない…さらに運の悪いことに、英語の翻訳があまり上手くない…誤訳でこそないものの、もうちょっとこなれた英語の表現にならんのか?!…というもので、この語彙のチョイスがまたキャラクターに合っていなかったりする…さてどうする?!…このまま声のトーンと喋り方を似せてフラットに読めば、棒読みにしか聞こえない…が、声の演技を加えると似なくなる?!
迷った末に、最初は似せる方向で録音していったのだが、それを聞き返すと、はっきり言ってAIのようで、人間らしさが何もない…こういう声を似せるという事こそ、AI使たらええやんか?!…そのAIでもできる仕事だけをわざわざ人間がするって、何それ?!
また、その内理不尽な怒りも湧いてきた…そもそもなぜ私は、撮影の時にこの役のオーディションにさえ呼ばれなかったのだ?!…もっともそれは、そもそも外見のタイプが違ったからだろうが、キャラクターは私の得意なタイプ…せめてオーディションに呼ばれていれば、きっとキャスティング・ディレクターに覚えてもらえただろうに…いや、別に覚えてもらえなくてもいい…私はその役が、たとえオーディションだけでも1度演じてみたかったのだ…
その時、心は決まった…話し方を似せることは諦めよう…しかし、今回のオーディションで、たとえ声だけでも私はこのキャラクターを演じる事ができるではないか…勿論、声がマッチしていないから、このオーディションには落ちるだろうが、少なくとも自分の納得のできるオーディションを、このキャスティング・ディレクターに聞いてもらおう…また、その録音は多分エージェントも聞くはずだから、エージェントにも私の声の芝居を聞いてもらおう…
そう吹っ切った後の録音は、実に楽しいものだった…そして出来上がったものは、はっきり言って元の女優さんとは全く似ていなかったが、私としては満足のできるものだったし、何よりその役を演じるのは本当に楽しかったのだ…その時、私は芝居が好きだからこそ、この仕事をやっているのだ…という事を、改めて実感した…
おそらくそのオーディションには落ちただろうが(落ちた時には連絡が来ない)、私は満足だった…そしてそれが今年初のオーディションだった…
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