こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

NYアクターの生活、オーディション、現場での様子などをお届けしています。

 

前回のお話:沈黙のドラマ(1)

映画やTVの背景で活躍するBG達…実は、そのBGには2種類あると言われている…言われた行動をただなぞるだけの「エキストラ」と、自分でその行動に動機付けのできる「BGアクター」である。

 

病院のシーン

それはとあるTVシリーズの病院のシーンだった。

 

ちなみに、医師看護師などの医療関係者の役は、アジア人のステレオタイプなので、私もよく医者役や看護師役にキャストされる。実は数学はおろか、算数レベルのチップの計算さえ苦手な超文系の私だが、アメリカでは、「アジア人は理系に強い」という事になっているのだ…

 

その日も、私は病院のナースステーションの受付カウンターにいる看護師役で、ADからの指示は、「Be busy.(忙しくしているように)」というもの…しかし、具体的にどう忙しくするのかは、完全にこちらに丸投げである…その私のいるカウンターには、同じく看護師や医者のBG達が、ひっきりなしに訪れる…まずそこにある電話やコンピュータとキーボード、メモ用紙などの小道具を使い、電話を取りながらコンピュータのキーボードをたたき(もっとも画面はカメラに映らないので暗いままだが…)、必要なメモを取る…というマルチタスクの傍ら、カウンターにファイルの山があったので、看護師や医師が立ち寄る度に、そのファイルを手渡していった。そうすれば、その人達もそれを小道具として使えるし、「ファイルを取りに行く」という行動の目的が生じる。またそれによって他の人とInteractive(相互作用的)な交流が生まれる方が、ずっとその場にリアリティが出るし、何よりも一人でやるよりずっと楽しい。そして、そうした交流から、時には思いがけないドラマが発展する事があるのだ。

 

その時、一人の年配の女医さんがカウンターに立ち寄ったので、私は彼女にもファイルを手渡し、自分のマルチタスクを続ける…と、数秒後、その女医さんが血相を変えて再びカウンターに現れ、そのファイルをカウンターに叩きつけた…どうやら私が「間違った」ファイルを渡してしまったらしい?!…そこで私は、慌ててそのファイルの中身を確認し、ファイルの山から別の「正しい」ファイルを見つけ出し平謝りに謝りつつ、それを女医さんに渡す…彼女はそれをひったくるようにして受け取り、足音荒く去って行く…数秒後、彼女はまたカウンターの前を横切り、その際にファイルを少し掲げて「今度は大丈夫」と言うように、私に軽くウィンクして去って行く…私はそれをみて安堵に胸をなでおろし、マルチタスクに戻りつつ、その後は他の人にファイルを渡す時も少し注意深くなる

 

種明かしをすると、これらはすべてインプロで、別に私達はそういうストーリーやドラマを作ろうと、事前に打ち合わせしたわけではない。そもそもそんな時間などないのだ。また、小道具のファイルにしても、どれも同じブランクのマニラファイルに、白紙のコピー用紙が入っているだけである…おそらく彼女に与えられた指示は、「カウンターまで2往復し、その後にカウンターの前を横切れ」というだけのものだったろうが、それに対して彼女は、ただその行動をなぞるのではなく、明確な動機付けをし、それを最も効果的に表現して、その場に突然ある種の緊迫したドラマを作ってくれた…私はただそれに合わせて、その状況にあった対応をしただけである。

ちなみに、彼女は舞台歴の長いベテラン女優…こういう人がいてくれると、その場にリアリティが生まれ、その瞬間が生きたものとなる…そしてそれこそが、芝居の醍醐味である。

 

言っておくが、これらはあくまで、すべてメインのドラマの背景で行われている事で、おそらくフォーカスされてさえおらず、場合によってはフレーム外の事もある…また、我々BGの行動は、完全に無音でなければならず、ささやき声はもちろん、どんな音も立ててはならない完全な沈黙の世界である…さらに、それらは決してメインのシーンの邪魔をしてはならない…もし少しでも邪魔になるBGは、容赦なくその場面から外される…(一言「もう少し抑えろ」と言ってくれれば済む事なのに、現場ではその手間さえ惜しむのだ…)だから、ただ思い付きを実行するだけではなく、それがそのシーンに適切なものかどうか、そしてそれが他の邪魔にならないかどうかを、瞬時に判断する事が必要である。その為には、周りで何が起こっているかに、十分注意を払わねばならない…これはあくまで私の個人的な印象だが、舞台俳優の人達は、そういう判断が適格で、それはきっと他の人に合わせ、共に作り上げていく、アンサンブルのプロセスに慣れているからだろう…また、「どうせ映ってないから」と言って、露骨に手を抜くBGアクターも多い中で、カメラに映っていようがいまいが、同じように何度もシーンを演じてくれるのは舞台役者達…その方が断然楽しいからだが、それを「楽しい」と感じる感覚を共有できるのも、やはり舞台役者達だ。そして、そういう優れた役者達でさえ、BGをやっているのがニューヨーク…その層の厚さに時々気が遠くなる…

 

今度もしアメリカのTVや映画を見る時、その背景にいる人達に注目してみてはどうだろう…?

ひょっとしたら、メインの背後に、思いがけない沈黙のドラマが隠されているかもしれない…