こんにちは。オーストラリアの直美Leeです。
今週の月曜から子供達のホームスクーリングが始まりました。
とは言っても、旦那さんはエッセンシャルワーカー(仕事をする必要性のある人)なので、以前と同じく日中は家にいません。
とてもありがたい一方で、日中子供達が家にいることになったことが増えただけで、あとは何も変わっていないことに負担を感じてスタートした1週間でした。
学校からもオンラインのリンクを渡されるだけで、特に細かいスケジュールを渡されているわけでないので、
お休み1日目に子供達1人ひとりと個別で話し合って、どういう時間の使い方をするかを大枠で決め、
あとはちょこちょこと一緒にやったり、声かけするのみで、子供達に任せることに。
世界各国に住むコーチに自分の気持ちを整理するセッションをしてもらい、自分が負担を感じていることに自分自身を追い込むことをやめました。
(↑レストランも全てテイクアウトに変わったので、とうとうカクテルも家で自分で作るように...苦笑)
そうすると、娘はあまり勉強はしないけど、ダンスや歌のオンラインレッスンに集中しているし、息子は漫画を立ち読みしながら、ご飯の準備を自らやるように。
誰かに何かを言われてやったり、物事の正しい、間違いで自分をジャッジしていくのと違って、自分の求めていること、感じていることを知り、それについて自分で決めていくことは大切です。
結局、その自分の中の「決定」が後に「小さな自信や責任」に繋がっていくんだなって感じています。
さて。
このコロナウィルスの影響で、家にいることも多くなったので、
庭の小さなスペースを耕して、野菜を育て始めました。
難しいことはしないので、少し芽が出ていたサツマイモを土に埋めるだけ、とかそういう感じです。
ホームセンターに行っても、苗も売り切れ、少しばかりの種が残っているだけ、という状態でした。
すると。
サツマイモ!早っ!
子供の頃に実家の近くの畑で、毎年サツマイモ掘りをしていたのを思い出しました。
で、野菜を育て始めて思ったこと。
もしかして、このサツマイモや少しばかりの野菜の種は、「私」という人間に出会う運命で、ここで埋められ、そしてこの野菜たちがどんな風に成長するのかは、この野菜たちの力がほとんどで、後は私が向ける少しばかりの気持ちだけかなと。
(私の精神状態は大丈夫ですので、ご心配なく 笑)
この種がどれだけ自分の力を生かすのか。それを私は心配せずに見ているだけ。
つい、気負って私が育てようと思うのだけど、この野菜の力の方がよっぽど大きい・・・と思い始めたのです。
で、先日こんなフレーズをラジオで耳にしました。
"When we face easy, we won't grow. When we face challenge, we grow."
(簡単なことに面している以上人は成長しないが、チャレンジ(難しいこと)に面していると人は成長する)
これは、難しい局面に面したとき、その人の本当の力が出る、という意味で受け取っています。
私たちは、日々満たされていると自分の力をそれほど出さなくても生活していけますが、自分のコントロールが及ばない状況(野菜の例えだと、天候だったり、土のコンディションだったり、害虫だったり、庭を荒らす動物だったり)の元で、自分たちが持っている本当の力を出していくのだと思うのです。
苦労をしないといけない、という意味ではなく、自分自身のコントロールが及ばない時にどういう風に過ごすのかということ。
この今のコロナの現象は、コロナでなくても何か世界的に大きなことが起こっていたかもしれません。
今、自分たちが忘れていた本来持っていた自分たちの力を出す時期なのかもしれません。
これが、この時代の「成長する」っていう意味かな、って感じています。
自分の力を出さなくても生きていけた時代は終わり、新しい時代に向かっています。
そんな一人一人の力を出していくお手伝いを私はこれからやっていきたいし、どんどん自分たちの力を見つけ合い、繋がることで、新しい世界を作っていけたら良いな、と思っています。


