こんにちは。ブリスベンの直美Leeです。
今年は外側にまだ大きな変化として形にはなってないのですが、内側のシフトが大きく起こっている年です。
外側を作っていくのは得意なのに、内側の変化ってやっぱり行きつ戻りつで、怖かったり不安だったり、自分一人ではなかなか進めないことがあり、人の手を借りてアウトプットをさせてもらう機会を沢山設けています。
そう、まだ外からの誰かの言葉をそのまま自分に浴びせたり、ついて行ってる時というのは、本当の変化って起こる手前なのだと思います。(そういう時も必要)
だけど、本当に自分に変化を起こそう、起こしたいと思っているのなら、自分を客観的に掴むためにも「アウトプット」していくくことで、内側と外側の統合が始まり、本当の変化が始まるのだと思います。
日本人は受けてきた教育の影響もあって、人の言うことを聞いたり自分を内省することは得意。
だけど、その内省も自分の中を自分の都合の良いように見つめていたり、それが外側や理想とのギャップを生み出していきます。
アウトプットって、ある意味自分も知らない自分に出会っていくことです。
見たくない自分、恥ずかしい自分、情けない自分に自分が出会っていくこと。
だから、自分の内側を自分で見たいように見ているだけでは、本当の変化はもうちょっと先なんですね。
で。
恐る恐る?変化が始まると起こってくることがあります。
人との関係の軋轢だったり、コミュニケーションのエラーです。
それには2パターンあると思っていて(もっと先にはもっとあるかもしれないけど、今の私には分かりません)
①本当の変化が起こる前に起こってくる問題(お知らせ)
と
②変化が起こり始めてから起こってくる軋轢(古い自分にしがみつかせておくお化け)
の全く違うものです。
①の問題は「お知らせ」として起こっているのに、十分に自分を振り返らずにステージが上がっているから起こってると勘違いしたり、②の軋轢は、古い自分のあり方に引き戻そう(相手の思う私であって欲しい)を仕掛けてくるもので、これを間違った方向に進んでいる「お知らせ」として歩みを止めてしまったりするんです。
ここの判断を誤るケースが多いのではないのか、と思っています。
これだけ、情報が溢れている時代だから、誰かが問題が起こっているのはステージが上がってるってことだよーって書いていればそうだと思い込んじゃうし、ちょっとした軋轢を「何かのお知らせだよー」と言ってるのを聞いちゃうと「そうかやめておこう」ってなりやすいのかな、って思います。
ちょっと待って奥さん(笑
自分の本能ってそういうのちゃんと気づけますよ。
万が一本能が錆びていて気づけなくても、①は自分の目が醒めるまで、リピートしてきます(何度も起きてるパターンを思い出してね。突然とかいきなり起こるものはそっちかも)。
そして、②の軋轢も同じような事が繰り返されたりするけど、こちらはちょっとなるほどねーっていう感覚。驚きは少ない。「へぇー」って思いながら肝を据えてそのまま進んでいくと、スルッと違う視界が開けるところへ出れます。
自分が信じられなくても、自分の本能みたいな根拠がなく説明のつかないものは、どうせ説明つかないんだから、信じてみても良いんじゃないのかな、って思っています。
どんな自分でも、いつも味方でいてくれる自分自身の相棒に気がついていますか?
そういうものに気づいて、自分のジャーニー(道)を自分がハンドルを握って楽しみながら進めるようにコーチングを学んでいます。
そういう道を一緒に進んでいきたい人、一丁も二丁も噛みたい!笑っていう人は、準備しておいて下さいね!

