こんにちは。ブリスベンの直美Leeです。
オーストラリアでは、2学期がそろそろ終わる頃でもうすぐ「冬休み」がスタートします。
そんな昨日の日曜日。朝から娘とベッドでゴロゴロしながら携帯で写真を撮ったり音楽を聴いたりしていたら、隣で眠っていた息子が突然ヒステリックに「眠いから静かにしてくれ」と怒りだしました。
朝も9時を過ぎていたので、あまり気にも止めずにコソコソ話続けていたら、とうとう妹に一撃を食らわせてきました。
突然のことにびっくりし、朝から私自身も久しぶりにキレましたです。はい。オラーって(注:スペイン語ではありません)
息子も思春期の始まりかもしれませんし、学期末で疲れる時期というのも重なっていたのかもしれません。私自身も「何も予定を組んでいない」お休みだったので、思いっきりお互いの胸のうちを吐きました。
「ママは僕の言うことを聞いてくれない」と感じている息子。
「あなたの言っていることは聞いている」と思っている私。
で、和久田ミカさんがシェアされたこちらの記事に書かれているんですけど、
https://www.asahi.com/sp/articles/ASM6K672BM6KUTFL00N.html
息子にとっての「聞く」は「自分の思い通りにしてくれる」。
そして私の「聞く」は、「相手の話を聞く。相手の思い通りにしなくても良い」なんですね。
例えば今回のように「自分が眠いと言っているのだから、そっちがどこかにいくのがマナーでしょ」という言い分。
これはもっともなことを言っているし、私たちもそこは配慮してもよかったのかもしれません。たまたまその時はそうならなかった。じゃあ一撃食らわすより、違う方法があったよね?みたいなことから、話は日常の他のことにも移り、対話をすればするほど息子が持っているビリーフ(思考パターン)が浮かんできました。
結局「質問」で話す私と「不満を訴える」息子にお互いの合致するポイントは見出せないまま、私は階下に降りてきました。
下に降りてくると、娘がカーヴィハウスといって要塞を作っていました。
気が強そうに見えて繊細でもある娘は、言い争いのエネルギーに耐えられず、自分で「守られる空間」を作り出していました。
(要塞の壁には安全のための布団がかけられ、向こうに椅子やipadがあり、窓から外を眺めるとレゴの風景が見える、という作りです@@)
私もシャワーを浴びながら掃除を始めます。
そうすると階下に降りてきた息子も自分の部屋の掃除を始めました(笑
それぞれがそれぞれの領域でクールダウンやら守りの儀式を行っていました。
掃除って、ささくれた心を無心に戻し、結果的にビフォーとアフターが「形」になって見えるので、一種の瞑想状態ですっきりします(こうやって振り返ると日々色んな瞑想をやってるな。。。笑)。
で、掃除をしてお互いに「真ん中」に戻り、外の空気を吸いに公園に出たり、最低限の材料で出来てかつ息子が好きな「みたらし団子」を一緒に作りました。
どこかのカフェに気晴らしに出ることもできた。でも、その時は心の燃えかすを丸いお団子にして、日本の懐かしいお醤油の味でたっぷり癒されたかったんだと思います。
結局、息子が全部団子を丸めて。私はタレを作って出来上がりました。
で、家族や親戚や仲の良いお友達がそばにいないワンオペ(一人で生活を回すこと)の何が辛いのか改めて考えてみました。
子供が小さい時は、自由にならない自分とそれでも溜まっていく家事。そしてその家事を楽にしていく工夫も積み重ねたりするんですけど・・・・。
でもね、本当に辛いのは心に「逃げ場」が無いことだなぁって。
英語では「Trapped」=閉じ込められた、と表現します。
子育てが辛いんじゃないんです。きっと、逃げ場があり気持ちに余裕があったら子供に優しくできたり、子供の良いところを見れるお母さんです。仕事が嫌いんじゃないんです。きっと自由が大好きなのに「こうしないといけない」に従わなくて逃げ場がない感じる心が苦しいんです。
いくら手を抜いてみても、セッションを繰り返しても楽になれない、同じだ・・・という場合は、心が閉じ込められているということに「自分で気づく」ことが必要かもしれません。
ワタシハトラワレテイル、と。
そして、最終的には自分で自分の心を誰かに助けてもらいながらでも風を通していく。行動していく。
これは、子育てだけでなく、仕事で苦しむ、人間関係で苦しむ、結婚生活が苦しい、シングル生活で未来が見えないなど、全てに共通しているのは「逃げ場が無い」って感じている自分自身の心です。
閉じ込めらた気持ちを友達に聞いてもらったりブログを書いてみてそのまま外に出してみる
何か手を作って作業をしてみる
笑える映画を観てみる
(ちなみに昨日私が観たのはこれでした。もう作られすぎの設定なんですが、大切なことは詰まっているし笑えます)
https://www.google.com.au/amp/s/front-row.jp/_amp/_ct/17224709
家から出なくても心の刑務所から出ることは可能です。
先日、旦那さんのDVで離婚するために実家に戻った知り合いと話す機会がありました。彼女が言っていたこと。私には逃げ場があってラッキーでした、と。彼女が自分のあり方を見つめるのは、まず逃げた場所からでしょう。
でも現実に逃げ場がない母子も沢山います。
社会に沢山の課題を抱えているわけですが、今ここで「逃げ場がない」と感じている自分、そして周りの人たちを少しずつ楽にしていく、ここからだと思うのです。
そうすることで、違う選択肢や創造力が湧いてくる。そして協力を仰いでいくことも出来る。
ちなみに。これからの子供達のためにホリエモンもこんな学校作りましたね。
https://finders.me/articles.php?id=302
日本は、逃げ場がない心を更に縛っていくもので溢れていたりします。ならば。「逃げ場」=自分が楽しいと思えることで、現実にも逃げ場を作っていくことで、大人も子供も安心して、また歩き始めるんだと思います。
夕食のテーブルで、娘が「結局どうやって話が終わったの?」と聞いてきました(笑. 話は終わらなかったけれど、色んな事に気づいたし、息子だって気づけているはず。
これからもいっぱいぶつかるであろう思春期の子供と向かいあうヒントは、いかに自分の心の逃げ場を確保しておくかだなあ・・・・なんて思った日曜の夜でした。


