こんにちは。ブリスベンの直美です。

 

 

昨日は、オーストラリアでも母の日でした。

 

 

ちなみに、この母の日は各国で時期はずれているようで、日本と同じ日に母の日なのは、オーストラリア、イタリア、フィンランド、トルコ、そしてアメリカだそうです。

 

 

ちょうど日本から母親が来て、翌日に日本へ帰るというタイミングの「母の日」でした。

 

 

両親も義両親もそして夫も見送り、兄の子供たちも成長してしまった母は、日本では一人暮らし。

 

 

 

孫や子供の顔を見たい、といつも一人でスーツケースをいっぱいにしてオーストラリアへやってきてくれます。

 

 

 

今回は、12歳の息子が何度も「おばあちゃんと一緒に寝る」と言って、週末には必ず母のベッドに入って一緒に眠っていました。

 

 

それを見ていた8歳の娘もそれを真似て空いている平日におばあちゃんと眠りました。

 

 

 

最初は、「子供達甘えたいのかな・・・」ぐらいで見ていたのですが、一人で個室で眠ってもへっちゃらな娘がそれをやりだした時に、少しハッとしました。

 

 

[弱っていくもの]

 

 

以前は一緒に眠ることをしなかったのに、今になっておばあちゃんと一緒に眠り始めた子供達。

 

 

 

子供達は、「弱っていく生き物」を潜在的に感じているのではないか、と思ったのです。

 

 

 

頭で考える大人と違って、子供達は体で感じています。

 

 

 

年々弱っていく母親の小さな変化を体で感じて、一緒に眠ることで労りのエネルギーを出していたのかな、って。

 

 

 

勿論、子供達もおばあちゃんの横で「安心感」を受け取って癒されていたと思うんです。

 

 

 

[今年の母の日]

 

 

今年は、「私が家族全員に私がご馳走するね」

 

 

 

と母親を連れて友人が経営するレストランに食事に出かけました。

 

 

 

子供達や旦那からプレゼントやお花を受け取り、自分の母親を食事に連れていく。

 

 

 

側で循環させることが出来た「母の日」となりました。

 

 

 

そして、こうやって家族に「お金」というものを使ってお祝いする事によって、旦那の気持ちが少し分かり、母の日なのに「父」の気持ちや父親という存在を感じる母の日にもなりました。

 

 

 

家族とこうやって側で循環させることができたことをありがたく、そして将来母が近くにいなくなっても、子供達が側にいなくなっても、こうやって誰かに「想いを循環させる」ことで心が豊かに過ごせることを覚えておこうと思います。