第9回目鉄道マニア必見!広島電鉄の紹介  さらに車両を詳しく紹介編~ | 広島電鉄・JR西日本・広島県・廿日市市 中心ブログ(他はサブ扱い)

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前回の100形(初代)で紹介してなかった所がありました。ですので、してない奴を100形(初代)の紹介に追加しましたので見て置いてください



広電400形

広島電鉄400形電車(ひろしまでんてつ400かたでんしゃ)は、1938年に広島電鉄で登場、以前在籍していた路面電車車両である。広島市への原子爆弾投下で被災したことより被爆電車でもある。

車体定員46(着席不明)人 全長8,150mm 全幅2,360mm 全高3,268mm

車両質両8,5t 軌間1435mm 主電動機出力15KW×2 

駆動装置 吊り掛け式  台車ブリル21E  

製造メーカー広島電鉄

備考 半銅製 両数30両


概要

1938年から1940年にかけてB形101 - 130(車番はいずれも2代)を全車、自社工場で鋼体化され400形になった。その後改造された450形も同様に改造されている。小型単車でありながら、ノーシル・ノーヘッダ・張上屋根であり、ドア間に大きな窓を5枚並べた軽快な外観が特徴。但し401は試作車的要素があったのかシル・ヘッダ・雨樋を巻き、リベットが残る外観であった。

1945年8月6日の広島市への原子爆弾投下で、宮島駅に停泊していた417号以外は全車被災、特に白島付近で被爆した412号、八丁堀付近で被爆した421・430号、紙屋町と電鉄前間で被爆した427号、十日市と横川間で被爆した429号が全焼の被害を受けた。特に、八丁堀付近で被爆した車両については中国新聞により写真撮影され、記録されている。全車1948年12月までに復旧された。1945年8月9日、原爆投下より3日後には己斐から西天満町で運転を再開するが、この時使用された車両が400形ではないかと運転再開当時に乗務した運転手が証言している。再開当初は単線によるピストン輸送で、線路脇には原爆による死者の遺体が残る状況であったと証言している。1956年12月に420-430の11両が廃車。そのうちの425・427・430号が1957年4月に工作車になった。後の車両は、1965年から1969年にかけて全車廃車された。現在、保存されている車両はない。


原子爆弾による被害

車番 被災場所・状況 状態 復旧 備考
401 広陵前と宇品の間で被爆 小破 1945年9月
402 千田町車庫(現在の千田車庫)で被爆 大破 1946年10月
403 広陵前と宇品の間で被爆 小破 1945年10月
404 広陵前と宇品の間で被爆 小破 1945年8月
405 己斐車庫内で被爆 中破 1946年9月
406 桜土手引込線で被爆 小破 1945年11月
407 千田町車庫(現在の千田車庫)で被爆 大破 1946年4月
408 千田町車庫(現在の千田車庫)で被爆 大破 1946年12月
409 広陵前と宇品の間で被爆 小破 1946年8月
410 広陵前と宇品の間で被爆 小破 1946年11月
411 広陵前と宇品の間で被爆 小破 1945年12月
412 白島付近で被爆 全焼 1948年7月
413 土橋と己斐間で被爆 小破 1945年11月 1945年8月9日の運行再開時に使われ[2] 、同年9月から10月の学術調査団の車両としても使われた[3]
414 専売局と広陵前の間で被爆 小破 1945年11月
415 千田町車庫(現在の千田車庫)にて被爆 大破 1946年12月
416 土橋と江波間で被爆 大破 1946年12月
417 電車宮島駅に停泊していた 無被災 1946年8月
418 土橋と江波間で被爆 大破 1946年10月
419 電鉄前付近で被爆 大破 1945年11月
420 千田町車庫(現在の千田車庫)にて被爆 中破 1946年11月
421 八丁堀付近で被爆 全焼 1948年9月
422 土橋と己斐間で被爆 中破 1945年12月
423 電鉄前付近で被爆 中破 1946年2月
424 千田町車庫(現在の千田車庫)にて被爆 中破 1947年1月
425 土橋と江波間で被爆 中破 1946年9月
426 千田町車庫(現在の千田車庫)で被爆 大破 1947年2月
427 紙屋町と電鉄前間で被爆 全焼 1948年12月
428 広陵前と宇品の間で被爆 小破 1946年4月
429 十日市と横川間で被爆 全焼 1948年12月
430 八丁堀付近で被爆 全焼 1948年6月


広電100形(2代)

前身は、大阪市電気局(後の大阪市電)の単車。後に101-110になる車両は、梅鉢鉄工所で100形 (初代)と同時期の1910年11月に製造。1920年に特修工事を受けている。また、後に111-130になる車両は、日本車輌及び天野車両で、1906年に製造された。1921年から1923年にかけて、大阪市電気局より10両購入。101-110の車番が付けられた。1925年に車両左下に「B」の形式名が入れられ、B形と呼ばれるようになる。1927年に20両追加購入され総数が30両になった。1938年から1940年にかけて車体更新されて400形になった。


車体定員46(着席不明)人(101-110) 42(着席不明)人(111-130)

全長8,311mm 

全幅2,262mm(101-110) 2,287mm(111-130)

全高3,253mm(101-110) 3,291mm(111-130)

車両質量7,5t(101-110) 8,0t(111-130)

軌間1435mm 主電動機出力15kW×2

駆動装置 吊り掛け式 台車ブリル21E

製造メーカー 梅鉢鉄工所(101-110) 日本車輌・天野車輌(111-130)

備考 木造製 両数30両


各車状況

車番 大阪時代
車番
100形時
車番
大阪での竣工 広電譲渡 400形更新 所属車庫 備考
401 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1965年12月15日廃車
402 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1965年12月15日廃車
403 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1968年3月28日廃車
404 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1968年3月28日廃車
405 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1968年4月30日廃車
406 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1968年4月30日廃車
407 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1968年4月30日廃車
408 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1965年12月15日廃車
409 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1968年4月30日廃車
410 - - 1910年11月 1921年-1923年 1938年-1940年 1968年10月31日廃車 廃車時には418に改番
411 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1968年8月31日廃車
412 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1965年11月15日廃車
413 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1968年6月25日廃車
414 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1968年6月25日廃車
415 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1968年6月25日廃車
416 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1968年10月31日廃車
417 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1968年10月31日廃車
418 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1968年4月30日廃車
419 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1965年11月15日廃車
420 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
421 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
422 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
423 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
424 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
425 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車 1957年4月13日工作車になる
426 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
427 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車 1957年4月13日工作車になる
428 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
429 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車
430 - - 1906年11月 1927年 1938年-1940年 1956年11月31日廃車 1957年4月13日工作車になる