全員が目覚めなくても大丈夫です。
この話題 とは前後関係違う部分並木さんがおっしゃっていたのですが
「全員が全員目を醒まさないでも大丈夫です」、ということです。
1人が目醒めれば、2万人に影響を与えます。
「100匹のサル現象」ではないですが、てん、てん、てん、と目醒めの明かりがともればある時それがつながって大きく全体に拡がっていきます。
だから全員が目醒めなくても大丈夫ですが、ここに来ているあなたは肉体を持ったまま意識の拡大を経験したいんじゃないですか?(*^_^*)
とおっしゃっていました。
目醒めることは特別なことでもない。
私達がどんどん手放しと統合を進めていくと、自身のガイドと繋がり、また地球の上昇を見守っている宇宙存在達とのコンタクトが個人的に起こる人もいるでしょう。
地球全体での宇宙存在とのコンタクトは今から20年後ですが、これから個人的に交流をしていく人たちはどんどん増えていきます。
今だって2,3時間も空を見上げてればUFO(並木さん的には「僕はその存在をもう確認しているので未確認飛行物体でなくてスペースシップです」)の2,3機はすぐ飛んでいるのを見つけるでしょう、とのことです。
そういう存在を目にしたり接したりすれば自身の波動も上がるのでそれは素晴らしい体験です。
でも、ちょっとご注意。
そういう存在とコンタクトが取れたり、目醒めることをとても素晴らしいこと、特別なことと思い過ぎないようにしてください。
そう思っていたとしたら、あなたはしっかりと「無価値感」の上に立脚しています。
私達は大きな源の意識から枝分かれして多様性を楽しんている存在です。
全員が全員目醒めないでもいい、といったように、目醒めても目醒めなくてもそこに高い低いはありません。
私達は大きな1つであることを忘れないでおきましょう。
目醒める事から逸れないで!
目醒めていくことでガイドと繋がったり、ある種の特別な能力が開花する人もいますが(というかみんな自然とそうなります)
そこを追い求めすぎて目醒めの道から外れないようにしてください。
お釈迦様が教えを広めていたころ、お釈迦様が悟りを得たことよりも過去や未来が見通せるというような特別な能力を持っていることを自分も得たいと。そちらにばかり逸れて行ってしまう人がたくさん出たそうです。
その能力にこだわってしまうのは悟りの道、目醒めの道とは違うのでそれにこだわらないようにしてください。
もうそんな寄り道をしている時間はありません。
「僕だって、20年前なら『いいよいいよ、遊んできたら?』と言ったかもしれないけれど、、(この2018,19,20年が大切なので無駄にしてほしくない)」と並木さん。
特殊能力的なことはこだわるほどの遠ざかってしまうところがあります。
統合を進めて頭や心に要らないものが減りスペースができると、自身のガイドと繋がりやすくなります。
その時に「ガイドが見えない」「声が聞こえない」などのように現象にとらわれてしまうと逆に送られているメッセージが受け取りにくくなってしまいます。
例えば、ここに赤い服を着た女の人(の霊)が立っているとしますね?
それを「赤い服の女の人が立っているのが見える」と受け取る人も
「赤い服の女の人が立っている」と音で聴く人も
見えも聴こえもしないけれど「赤い服の女の人が立っている『感じがする』」
見えも聴こえも感じもしないけれど「赤い服の女の人が立っているのが わかる」 という人もいます。
そのどれでも、「赤い服の女の人が立っている」という情報をちゃんと受け取っているので、それでいいのです。
あなたに合った受け取り方で必ず受け取れていますから、「特殊能力」的なものを追い求めて逸れていかないようにしましょうね。
ちょっと講演会後半になって、おっしゃっていることが内容的には繰り返しになるけれど,そこから新しい話題に繋がっていくという進め方が多くなっていきまして、まとめるのも話の前後を変えたり繰り返しずぎる内容は省いたりしながらになってきて、なかなか手間がかかるようになりました。
今回の記事はそんなわけでちょっとアソートみたいになってしまいました。
この3つの話題、「自分の上に何かを置かないで」「他のものになろうとしなくていい」「それぞれが自身であることに専念すればいい」ということを感じます。
昨日の「子宮委員長はる」ちゃんの引退や今月26日のHappyちゃんのブログ消去に関しても思うのですが、
もう誰かにあこがれて「○○ちゃんみたいになりた~い!」みたいに誰かをフォローしたりし自分を加工したりなんなら「向上」させようとするのも本当に終わりになりますね。
「○○ちゃん」じゃなくて、「(真の)自分ちゃんにもどりた~~~~~い!!」になるんですね。