コースが終盤になると、講話の初めに「10日目には聖なる沈黙が解かれるので、集中して瞑想ができるのはあと2日です」とか、カウントダウン的な話題が出ます。

そして9日目、講話の後の明日への架け橋となる夜の瞑想タイムにヴィパッサナー瞑想と違う指示が出ました。

「どのようなやり方でもいいですから、意識を下へ、下へと動かしてください」。

つまりグラウンディングの指示です。

いよいよ実生活に戻るために準備が始まったというわけで、このような細かい配慮はとても好感が持てました。

ただ、瞑想の全く初心者の人はこう言われてもできたのかなぁ?

私は前にやっていた瞑想でチャクラに注目してチャクラからコードが地球の中心に伸びていくという「ホウホウ先生」が紹介していたグラウンディングをしました。

 

Day10は午前中最初はヴィパッサナー瞑想をして、休憩をしてから「メッター・バーバナ」、慈悲の瞑想をみんなでガイドを受けながら実施して、その後「聖なる沈黙」が解かれます。

瞑想ホール内、付近以外では同性同士のコミュニケーションはOKになります。

 

10時台にホールにいることの義務が解かれてみんな三々五々に出て行ってお喋りを始めたようですが、私は正直「めんどくせえからずっと聖なる沈黙でいいよもう」と思っていた派なのでとりあえず11時のお昼休憩まではホールで瞑想をしていよう、と居座りました・ら・

気が付いたらホールで座っている最後の1人でした。(笑)

 

「心の大手術」を終えてそのまますぐに刺激の多い日常に戻る前に、同じコースを受けた仲間とお互いの体験を話し合うことは大変に重要です」

と、しっかり前の日の講話で説明されていたので、しょうがないから(笑)頑張りました。

 

お昼の食堂に行ってみればいつもと違う賑やかな話声、食事をとりあう列でも一般社会での様なアイコンタクトや小さな声でのやり取りがあります。

お話している参加者の皆さん、こんなに若くてかわいいきれいな人たちが多かったのか。

表情って大事だなぁ。

 

何とか頑張って座った左右や前の人とお話ししてみます。

みんな若いようでも30歳越えたあたりの人が多く、でも私がたぶん長老でした。

旅人系、普通の奥様、会社を辞めて次の展開までの空き時間に、変わったところでは香港から来た禅の尼さんだという人やシンガポールから来た2回目の出席者、長野で養蜂している日本人に嫁いだベトナムの人など。

ずっと初日から「綺麗な子がきてるなぁ~」と思って注目していたベリーショートの若武者みたいな風情の女の子は舞踏家さんでした。

 

食事の後にもグループ瞑想の時間も講話の時間もありましたが、明日出立までの段取りのガイダンスが男女共同であったり、もう「修行」は本当に終わり、という感じです。

(ところで・ガイダンスのために男女の境が取り除かれて女性たちが男性エリアに入った時の、男性陣の色めきたった空気って凄かったですよ、無言の中にも。男の人って大変だなぁ。)

 

沈黙が解かれてつくづく思ったのは「聖なる沈黙」というシステムがどれだけ私たちが集中するのに役に立っていたか、という事でした。

ホールで瞑想しようとしても、ふと先ほどまで話していた話題の内容がリフレインされてしまったり、なかなか前のように集中して瞑想ができません。

聖なる沈黙も、日々の食事を作ったりの雑用を奉仕者の方がそっと気を配りながらしてくださっていたことも、本当に私たちが瞑想に集中するために練り上げられたシステムだったということがよくわかって、改めて感謝の気持ちが湧きあがりました。

 

Day10は帰り支度へのガイダンスがあった後は夜10時まで食堂が解放されてお話したい人は男女の垣根を越えてお話をすることができました。

私は正直お話はあんまりしたくもなかったのですが、Day11に帰る手段としてタクシーを呼ぶことにしたので、それをシェアするために人に声をかけたり、ふとぽつんといる人には話しかけたり、話しかけられたり、社会復帰にはちょうどいいくらいには話しました。

 

Day11は早朝4時30分にはホールに集まって毎朝のゴエンカ師の詠唱と最後の講話と最後の全体瞑想のメッター・バーバナだったかな。

そのあと朝ごはんをいただいて、分担して清掃をしてタクシーで帰る人達、バス停まで奉仕者の方に送ってもらうグループ、午後に帰る人、しばらく次のコースまでの間滞在して奉仕をする人、いろいろにばらけて帰りました。

 

私は無事に若い主婦の二人組と香港の尼さんと4人組を作ってタクシーに乗って、茂原から特急で一直線に東京に帰ってきました。

東京駅の雑踏を自分はどう思うかな、と思ったら雑踏の中で自分の内側がとても静かなのを感じて、一緒にいた香港の尼さんに「この駅の人ごみの中で私の内側にサイレンスがあるわ」とつぶやいてしまいました。

 

私はその足で前々から予定されていた友人との熱海旅行に合流、偶然なんですが友人の手引きでヴィパッサナー瞑想をする原始仏教の宗派、日本テーラワーダ協会の尼寺に泊めて頂くということになって、さらに原始仏教との関わりを深めることになりました。

 

ってことで、ひとまず瞑想の体験談は終わりです。(*^_^*)

 

*メッター・バーバナ・慈悲の瞑想、について説明しているブログがあるのでリンクしておきます。原始仏教系の教えでは皆これを唱えるようで、瞑想の「前に」という流派と「後に」という流派に分かれるみたい。

ゴエンカ師式だと「後に」ですが、テーラワーダだと「前に」みたい。

 

http://thierrybuddhist.hatenablog.com/entry/2014/09/22/120706