・統合失調症は外部反証に対する脆弱性が原因だ。外部反証に対する脆弱性とは、外部反証に対する内部反証の基盤が弱いということだ。

 

・内部反証の基盤は、青年期までの帰属意識の醸成の有無に帰結するのであり、社会、集団、あるいは友人関係という帰属意識が青年期に醸成されている事が後ろ盾となる。この帰属意識は、既にその集団や個人から離脱していて縁遠くなっていても消失する事はない。この帰属意識は、意識していても意識していなくとも成立しているのであり、本人が自覚していない場合もある。つまりこの帰属意識は反証不可能な理解、根拠なき理解、説明不可能な理解によって成立している。青年期の友人関係や集団への帰属意識について語ったり、自己解説するのは無意味である。その帰属意識は言語化不可能性を持っているのであり、定型句を利用した後付けの理論や文学作品から盗用したような自己解説など、まったく理由にはなっていない。

 

・逆説的には、帰属意識が醸成されていると錯覚している場合もある。この場合は帰属意識が醸成されていると考えたいという欲求によって錯覚している場合しかないだろう。これは発達障害者に見受けられる。つまり帰属意識が、外部反証に対する内部反証の後ろ盾となる事は知っているのである。

 

・帰属意識が、力学的である場合にも、やはり機能的であって、反証不可能的ではない。父親の職業的威厳を持ち出す子供と同じである。権威主義的な帰属意識だ。

 

・ただ、力学的帰属意識の醸成は、ストックホルム症候群でもあてはまるので、力学的帰属意識ではあっても、力学から反証不可能へと理解が昇華されていくメカニズムもあるかもしれない。

 

・しかし、発達障害者は青年期以前の帰属意識が醸成されていない可能性が高い。簡単にいえば、世界に対する帰属意識だが、これはもっと複雑なはずだ。たとえば、ナメクジの世界の作り方とライオンの世界の作り方の違いが生じるほど重要な帰属意識のはずだ。帰属意識という表現が適切かもわからない。存在の場の決定、という表現が相応しいかもしれない。ここが抜けていると、青年期以降に、思想的な世界に出会い、それに存在の場を決定されてしまうと、固定されて離脱できないだろう。

 

・オウム真理教の信者は高学歴者が多くいたのだが、学力の高さや知性の高さというのは、無意識支配のレベルの指標となる。無意識は、目的指向型の最適化メカニズムであって計算機に過ぎない。目的指向型の最適化メカニズムにおける「

選択」とは何かを考えれば、分かる通り、目的の決定である。以後の計算は選択のプロセスではない。むしろ自明的であり、パターン認識で瞬時に決定されても良い。目的を選択した時点で、最終的な行為又は反応又は観察結果は決定している。高学力者は、最適化計算プロセスの大部分を瞬時にパターン認識しているはずだ。サヴァンのように大量の情報を一気に一瞬で処理するのではないが、小規模に区分された情報を瞬時にパターン認識しているということだ。

 

・そのような自明的な最適化メカニズム、パターン認識には時間が不要である。その意味では、高学力者も、サヴァンも時間の中に生きているという意味では意識の存在理由を最低限は体現している。意識の存在理由は、プロセスの複雑化、重層化、理解すべき系を細分化、分断化し、構造化する事である。理解までのプロセスを重層的に設定することであり、線形的に順番を創る事だ。つまり、意識は結論を急がず、反証や矛盾を抱えたままにしておくことが本来の機能である。自由とは、この状態だ。多くの反証即ち可能性が充溢している状態が自由である。選択した瞬間に、自由から離脱する事になる。自由は選択の前にしか存在しない。そして、選択には不自由性を見つける必要がある。不自由性を見つけなければ永遠に選択できない。不自由性とは理由だ。理由とは目的になる。

 

・無意識には肯定しかない。目的を与えれば最適化するだけだ。しかし、それは物質性である。言語化を含めた表象化は無意識の最適化システムによって現れている。感情も同じだ。

 

・主体の条件は反証の自己生成だ。

 

・無意識支配だと、反証は外部依存になる。時間直前にならないと実行しない、誰かに強要されないと実行しない。外部の影響を受けない状態では、何もしない。行為とは反証がトリガーだ。つまり新たな行為を実行するという事は反証に外ならない。

 

・無意識支配は周期性支配だ。一つは周期性支配による同化状態の継続。このまま無気力になるパターンもある。一方、外部依存が強まり、感覚過敏になるパターンもある。これも周期性支配であって、勾配による増幅だ。いずれも拘禁反応の事例に相当する。無気力になるか暴れるかだ。

 

・統合失調症は外部反証に対する感覚過敏である。想像上の他者の反証を想起する。周囲の音に敏感になる。音が言語化される。表象化は全て無意識の最適化である。聞こえた言語的反証に、さらに反証を加えて切りが無くなる。思考盗聴や音声送信、未知の超越的テクノロジーという考え方も外部反証依存を表している。外部反証への依存は被害者世界の構築だ。

 

・周期性支配の同化・停滞と、周期性支配の増幅は、ともに機械的だ。後者の増幅は、比率の比率的変化という勾配が機械的に在ることによって成立する。この周期性から離脱するのは、反証の自己生成能力か、又は外部反証である。

 

・以前書いた通り、物の大きさの絶対値というものは存在しない。世界には比率しかない。比率しかないというのは、度量衡の全てがあてはまる。これと同様に、憎悪感情も絶対的な大きさはなく、比率しかない。ここに勾配があれば、大きくもなれば小さくもなる。

 

・発達障害者は反証の自己生成能力が低い。このため外部反証を求める。反証は実在の条件だからだ。反証を外部依存するようになると、外部に様々な事を発見するようになる。または法律などの外部規範に依存するようになる。前者は科学者となり、後者は法律家になる。私はかねてより、科学者、法律家は発達障害の資質が必要だと指摘してきたが、これで整合性が持てたと思う。

 

・感情や衝動は、外部反証を無意識が最適化した前表象だ。またこの前表象をさらに無意識が最適化すれば言語やイマジネーションなどの表象になる。記憶も同様。欲望は、肉体(または細胞)という外部の外部反証であり、これも感情や衝動さらに表象へと無意識が最適化する。内的反証は、これらとは全く異なるものだ。

 

・自己言及的な反証の自己生成能力と、その反証の解決能力、これが欠如している場合に、外部からの反証に対しては、全く防御力がない。一方で、外部反証に対する感覚過敏によって外部に対する反証は行う。この場合に、最初に外部反証に対する脆弱性を利用して、自己否定に導き、後に新たな世界構造を与えるというのは、洗脳の典型的なプロセスだ。しかし、洗脳後は、この人は外部からの反証に対する脆弱性はなくなり、むしろ外部の反証に対して絶対的な防御力を持つ。独特の反証不可能世界に存在するようになるからだ。かつ、外部に対する反証の欲求は依然として維持されるので、攻撃性が高まる。我々の存在の場も反証不可能世界ではある。この世界の実在を疑う事はない。しかし、カルト宗教の信仰者とは決定的に存在の場が違うのである。単に世界の意味論的な問題ではない。説明不可能性を持った存在の場の問題である。このためカルト宗教の信仰者は信仰を捨てる事はないだろう。我々が世界を捨てる事が無いのと同様にである。

 

・オウム真理教の信者の全てが、後継三団体に所属したわけではない。全盛期の信者総数ですら公表されていない。終末の具現化を目指すテロリストが何十人何百人何千人潜伏しているか分からないということだ。

 

・これらをまとめようとすると、論理的整合性が失われ矛盾が生じる。従って、箇条書きのような形とした。全体としての理解には近づいていると感じる。むしろ矛盾が生じる事は正しいのかもしれない。