発達障害者≒無意識≒原始的生物

※知性は人間も原始的生物も変わらない。意識に知性が上げられるか否かの違いだけだ。また人間における知性も同様であり、意識が知性を利用できるレベルの違いが在るだけだ。知性は普遍的に無意識に在る。


知的障害は発達障害の一症状であるとすれば、知的障害者も必ずしも知性は低くないはずだ。意味解釈の問題が生じているだけだ。知性を利用できる能力は普通でも、意味解釈能力の問題によって知性が低いように見られる。この意味解釈能力の欠如は、発達障害の本質を探る上で、重要な視座を提供する。無意識は単なる最適化システムという計算機だとすると、選択とは無意識に目的を与えることだ。目的指向型の無意識に目的を与える事が主体性である。知的障害者は、主体性、目的性、選択の権限が外部依存になっているのではないかと推定できる。この中で主体性が根源だろう。つまり主体性というものは、レベルで存在するのである。主体レベルの希薄さが発達障害の性質を表わす。進化的にみても、主体レベルを高めてきた事は一目瞭然である。

 

発達障害者は目的指向型に陥りがちであるという特徴を持つ。この傾向は、発達障害者が多細胞生物の細胞と同じ機能的存在である事を示す。かといって細胞に主体性が全く無いわけではない。

 

意味解釈には起点や基準が必要だ。通常、主体性やイレギュラー性は実在のための条件だ。目的指向の最適化というのは非実在的なプロセスである。目的の入力以降のプロセスは無くても同じである。従って主体の無い無意識だけでは存在理由が無く、何も実在せず、世界も存在しない。意味解釈の起点は、実在の体感であり、存在の許可を得たという感覚だろう。つまり、それは出生時に、その感覚を得る事ができるか否かだ。ここが発達障害の資質でもある。また実在の体感が初期の状態で得られていなければ、存在の許可を求め続けるはずだ。発達障害者以外でも、実在の体感が喪失した場合に存在の許可を求めるようになるだろう。幼少期に虐待に遭遇すると、決定的に存在の許可を拒絶された事を意味し、実在の体感を得られなくなってしまう可能性も指摘しておく。

 

存在の許可などは本来的には不要だ。原「私」が反証として存在する事が実在の証であるからだ。しかし、世界を体験できるのは、原「私」が意識に転写した「私」である。通常、意識の「私」は、実在する原「私」を知らない非実在的な「私」である。このため、「私」は世界に対して存在の許可を求め続けるのである。そして、世界についての決定的な権限を持っているのは原「私」である。原「私」は常に「今」の最先端にいて、「私」の最先端にある。従って「私」とは原「私」を含む。しかし、二元論ではない、「私」とは確かに原「私」でもある。

 

※ユングの元型の話でも救済者が現れる。救済者は外部性の反証である。外部は「私」の反証として存在し、それは原始的には刺激であり、その外部に対する反証が原始的は反応である。救済者は無意識が創出したのではなく、「私」の反証即ち反応を二次的三次的に最適化した表象である。また、ユングの老賢人元型(道を指し示す者)は、むしろ冷酷だ。何の感情も表わさない。この老賢人元型は、無意識の合理性、最適化を顕著に体現している。この老賢人元型もまた反証である。誰も助けてくれない事に対する反証だ。内的な精神世界において救済したり、道を指し示す者は、絶望的な世界に対する反証として現れるのである。この反証を最初に提示したのは原「私」であり、「私」は意識の内部世界でそれを表象として知覚するのである。しかし、意識の内部世界も、その人格的表象(ユングの元型)も、全ては無意識の最適化による表象化に過ぎないのである。無意識には主体性などはない。しかし、これらの元型という反証は、外部依存、世界依存だ。反証を自己生成する機能が正常であれば、外部の反証を利用する必要はなく、主体性を以て問題解決することが可能である。つまり元型的な世界は、精神を病んだ人の世界、若しくは発達障害者的な世界と言える。それは原始的な生物の現実世界ともいえる。ユング元型の世界は世界中の神話世界やおとぎ話を統合する世界だが、この世界は統合失調症の世界と全く同じである。反証を外部依存すると、自責の念が薄れて世界は敵と味方に明確に分かれた被害者世界となる。つまり、それが原始的な生物の世界である。そして反証を外部依存する傾向というのは生来的なのであって、つまり反証を自己生成できない事が原因であって、それが発達障害者の資質となる。ユング元型が類型的であるのは、無意識の最適化システムが正確であって、つまり目的を入力すれば結末は既に決まっているという事を意味し、これがパターン認識と言われるものだ。この最適化あるいはパターンの根源は何かと考えれば、進化のプロセスに外ならない。従って進化のプロセスもまた予め準備されていたという事が言えるのである。

 

 

発達障害者は安定帯域(精神の安定を維持できる条件・環境)が狭く、人に騙されやすい。この理由は、原始的生物の操作性と関係しているだろう。

 

救済者が現れて、その人の言う事を鵜呑みにする。

オリジナルの神様と対話し生贄をささげる。

他の人に見は見えないし聞こえない誰かが現れて「撃て」と言われて銃乱射する。

教祖の命令に従って電車でサリンを撒き散らす。

 

目的指向型の最適化システムである無意識に支配されている事、反証の自己生成能力が欠如している事、存在の場の基盤が正しく確立していなかった事、これらが原因として考えられる。しかしながらこれらの欠点があっても終生問題なく生活を送ることもできるのである。だから、発達障害者の特性を知り尽くした人たちは、発達障害者を掘り起こして利用しようと考えるだろう。無意識に支配されていれば操作性は高い。しかし、操作性を高めるには条件設定が必要になる。先日書いた、原始的生物の操作性を高める条件・環境が参考になるだろう。