新宿駅の西口の青梅街道辺りで「ワシントンホテルはどう行けばいいのか?」と尋ねられると、説明に窮する。複雑極まりないからだ。何度も横断歩道を渡らなければならないし、右に曲がったり左に曲がらなければならない。南口改札からなら簡単だ。甲州街道を真っすぐ行けばいい。

 

 手続きの数は、「西口―ワシントンホテル」の方が多く、「南口―ワシントンホテル」の方が少ない。前者は命令系統を多く持ち、後者は命令系統は一つしかない。しかも、前者の命令系統は、横断歩道の位置や左右どちらに曲がるかという複雑な手続きを階層的に持っている。これが命令系統である理由は、説明を要するという意味においてだ。命令と説明の同義性を物語っている。この命令または説明は、不確実性を取り除くために存在する事が分かる。

 

手続きの数が多い場合には、命令への依存度が上がる。それは不確実性への恐れの為だ。不確実性は、その離散的な密度集合の間隙に存在するという事が分かる。1手続き単位に付帯的に不確実性(これは1単位に定めるわけにはいかない)が存在し、これは1手続きに付帯的に1時間単位が存在するという事だ。この手続きは、この事例ではマクロ的である。もっと細分化されたミクロ的な手続きが密度として階層的に連なっている。それらに、時間及び不確実性が付帯している。

 

 この事例は距離的移動を伴うので分かりやすい。距離と時間は同義性を持つ。手続き間に存在するのは速度である。距離と時間は速度から導かれる。距離と時間から速度が導かれるのではない。

 

 「西口―ワシントンホテル」及び「南口―ワシントンホテル」の道順はそれぞれ手続きという密度集合だ。手続きの数が多ければ高密度というわけではない。高密度であるとは、密度要素(=1手続き)間の間隙が少ないという意味になる。「新宿駅―ワシントンホテル」というレイヤー上では、「南口―ワシントンホテル」の方が、通常、高密度である。間隙の入り込む余地が無い。つまり、「南口―ワシントンホテル」の密度は、密度というよりもほとんど真っ黒で、グレーではない。「通常、高密度」という意味は、人によっては、この簡単な道順でさえ難しい可能性があるからだ。

 

 「西口―ワシントンホテル」は低密度だ。不確実性が頻繁に入り込んできて、密度は色的にはグレーであり、人によってはその間隙が大きく(不確実性が大きく)、むしろ白っぽくさえなっているだろう。

 

 ところが、「西口―ワシントンホテル」ルートを高密度にすることもできる。手続き間にある不確実性を消していくことだ。これは理解における高密度化と同じ作業だ。手続き間の境界を無くすのである。手続き間に出現する不確実性を予測し、別の手続き可能性を可能な限りシミュレーションし、当初の手続き間に別の手続きを複数割り当てる。これは将棋のシミュレーションと同じだ。この予想された手続きによって、当初の手続き間の間隙を埋めていく。

 

 高密度とは不確実性の小さい事少ない事であり、低密度とは不確実性の大きい事多い事だ。

 

 不確実性は内的にも外的にもあるのであって、内的な理由によって「南口―ワシントンホテル」ルートは、低密度になる。つまり手続きの回収が困難になるのは、必ずしも外的要因ではない。むしろ、このような確度の高いルートでは、しばしば余裕が生じて、たとえば目的地を通り過ぎてしまうという事態が生じる。あるいは手続きの間隙において、別の目的が生じてしまう。

 

 

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時間、空間(距離)の次元に存在していた場合には、やはり時間や空間というものを俯瞰できない。

 

もし、時間の次元に存在している場合には、一瞬に凍結され、もし距離(空間)の次元に存在していた場合には一つの場所に静止状態で凍結される。しかし、これは分離できない。どちらも同じである。時間も空間も同じ意味を持つ。つまり、もし我々が、時空の次元に存在していた場合には、一瞬の時空に凍結されたままであるということだ。物質的なもの、表象として現れるものも、時間と空間とともにあるのではない。時空は構造として存在し、この構造のアウトライン的なレイヤー上に物質が存在する。

 

もし我々が因果構造に忠実に従っている場合には、やはり俯瞰的な視点(=我々が世界を見るような視点)は持てない。因果構造が手続き、手続き密度が世界、手続き間に速度がある。速度が密度を規定する。我々は速度であり、時間と距離を分離している。

 

眼前には空間が展開し、時間も進んでいる。ここには歴然として速度がある。この速度は世界の構造だが見えない。我々が見ている速度は、この速度上を移動する速度だ。時間の矢と同様に、距離の矢がある。空間は収束せず、むしろ展開する。

 

さて、ところが我々が距離と呼んでいる距離的な距離、または時間と呼んでいる時間的な時間は、手続きの数を表しているに過ぎない。その手続きに付随する単位は原「私」が与えている。それは速度であり、距離的なものには距離として変換され、時間的なものには時間として変換される。つまり原「私」が速度を与えている。空間に現れている表象は、全て手続きであり、それは密度であり密度集合だ。我々が速度と呼んでいるものは、数学的な比率の比率であって、本来的な速度ではない。もっとも、私は、常識における、時間的な時間、距離的な距離、あるいは速度を、物理法則として取り扱う事が間違っていると言っているわけではない。むしろ、「距離」や「時間」「速度」という言葉を、私がわかりやすいように借りてきているだけだ、ということは断りを入れておきたい。

 

あるいは重さにも速度を割り当て、あるいは温度にも速度を割り当てている。物理世界では私の定義による重さも温度も存在せず、ただ手続きがあり、手続きが展開されているだけだ。重ければ重いという事に従った展開があり、熱ければ熱いという事に従った展開がある。これはシミュレーション世界だ。数学的世界、物理的世界だけで考えれば、世界はシミュレーション世界でも成立する。だから、シミュレーション仮説が出てきてしまう。しかし、重さ、温度、距離、時間、その実体を与えているのは原「私」である。原「私」とは速度そのものであり、速度という主体であり、速度を自己生成する速度だ。速度を自己生成するのは生物だが、原「私」は物質にも存在する。無機的には、原「私」は不確実性ということになる。

 

我々が知っている速度は二次的であり、シミュレーション化は当然可能だ。距離も時間もシミュレーション化が可能だ。しかし、それらは距離も時間も速度の実体を含まない。空っぽの形骸だ。実体は定量ではないし、計算で導かれるものではないということだ。シミュレーション仮説の世界は、回収後の世界である。回収後という意味は、因果構造への回収という意味であり、過去であってもいいし、決定論的未来であってもいいということだ。その世界では、距離や時間や速度の実体など不要だ。ただ比率だけがあればよい。世界の死後標本という表現でもいい。

 

手続きとは何かといえば、分解の為の手続きだ。手続きは階層的な手続きの集合だ。通常、階層的な手続きはカテゴリー別で並列に集合している。これは物質でも抽象概念でも同じだ。分解とは、さらに小さな手続きに分解する事だ。例えば、行為は、小さな手続きの集合で構成される。最小の手続きは原子以下のレベルに存在し、表面的には行為という手続きとなる。この原子レベル以下の手続きから行為の手続きを現実化することは、分解しながら因果構造に回収していく作業である。食事、消化・吸収は物質的な手続きにおける分解を分かりやすく説明する。つまり手続きとは何も抽象概念だけではなく、物質の分解にもあてはまる。物質は従って、それ自体が手続きで構成されているのである。

 

 

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 説明者は道順という密度集合における命令系統の代弁者だ。密度要素が多い程、命令系統を多く持っている。道順という密度集合は、単に観念的な密度集合ではない。物理的な密度集合である事を同時的に含んでいる。自然法則が規範であるのと同じ意味で、この場合の道順・説明も規範である。

 

そして生物は多密度集合体だ。多細胞生物となり、さらに構造が複雑化すればするほど、密度の階層性が増えれば増えるほど命令系統を多く持つようになる。そして多密度になればなるほど、間隙は増え、不確実性が到来する機会も増える事になる。では、生物とは不確実性を取り込むために身体を複雑化してきたという進化的な見方ができる。それはむしろ、命令系統からの逸脱を指向してきたといえるだろう。複雑化すればするほど、命令系統も増え、それに対応して複雑化、多密度化している。集合は合理性と不確実性という相反する性質、矛盾する性質を持つ。

 

命令系統における命令は道順における説明と同じだ。説明は、実は既に手続きの口述である。新宿駅―ワシントンホテルという間隙を埋めるための手続きだ。つまり説明において、もっと複雑で多様な予測可能な不確実性の到来を含めたシミュレーションを含めて説明した場合において、この説明は高密度な説明と言えるのである。

 

つまり生物の主体(不確実性を自己生成する不確実性)は命令系統を逸脱するために多密度化し、生体は無意識の合理性によって命令系統を確立して高密度化する、という順序の連続が進化の流れだ。これが集合化の矛盾を解決する解釈である。生命の起源でさえ、この多密度化の指向性、反命令(反規範)の指向性で説明可能できる。不確実性が、多密度化を促すのである。生命の起源は、不確実性の顕現が可能な間隙を持った多密度化である。つまり、多密度化が達成されれば、表裏的に、自動的に命令系統が確立されてしまうことになる。

 

密度集合は階層的に構造化されているように見えるが、密度間には速度と不確実性があって、構造化の完結を阻んでいる。もし速度がなければ、これはフラクタル構造として完結する。