妥当性について考えてみる。

 

 各対象にはあらかじめ重要度(初期重み)が設定されているとする。この重要度は単なる数値ではなく、その対象が構造の中で占める位置や影響力の大きさを表す基礎的な値である。それぞれの対象に係数を乗じ、その重み付き総和が一定の閾値(例えば10万)に到達したとき、ある事象が発生すると仮定する。重要なのは、閾値への到達のさせ方だ。

 初期重みが1の対象に極端に大きな係数を掛けることは理論上可能だ。しかしそれは分布構造を急激に変形させる操作であり、局所的補正によって全体を不連続に変える仮定を要する。それに対し、もともと大きな重みを持つ対象をわずかに調整することは、既存構造の延長線上での変化であり、比例的で連続的な操作だ。

たとえば組織内の意思決定への影響力を数値化した場合、重大な方針変更が生じたとすれば、それは影響力分布の総和が閾値を超えたことを意味する。影響力がほぼゼロに近い構成員の単独行為によってそれが生じたと説明するには、極端な増幅を仮定しなければならない。この仮定は構造的に不連続であり、分布との整合性が低い。より高い影響力を持つ層の関与を想定する方が、構造的には自然だ。

 従って、同じ閾値に到達する場合でも、小さな重みに過大な係数を与える方法よりも、大きな重みを持つ対象を比例的に増幅する方法の方が妥当だ。ここでいう妥当性とは効率ではなく、分布整合性、比例性、そして構造の連続性を保つことだ。

 

 私は妥当性について論じているのであって、可能性の全てを消し去っているのではない事に留意していただきたい。

 

 さて、以上は、定義として曖昧であり数値的指標を持たない「妥当性」を再定義し、構造的評価基準を与える試みである。これは妥当性を判断するための一つの道具性の提示だ。この妥当性は、単なる線形的な演繹論理だけではなく、構造的不自然さを排除する消去法によっても論理が成立し得ることを示している。

 

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