出生後、幼少期に確立されるフラクタル構造は未完でなくてはならない。この未完の部分が多い事が、動物と人間を分ける。より原始的生物は未完の部分が少ない。未完の部分を不確実性が補填する。未完の部分が少ない程に、世界理解は浸透している。人間はもっとも世界を理解していない事によって、道徳を持てるのである。世界理解とは、道徳の不在が証明されている事を超越的に確信している事だ。
フラクタル構造が完成されていれば、完全因果関係支配であって、自由意志はない。
従って幼少期に、加速度事案に遭遇した場合にはフラクタル構造の完成度が高まり、あるいは完成してしまう事になるだろう。加速度事案とはトラウマ事案、PTSD事案、虐待である。それらの事案は道徳の不在が超越的に確信される事案だからだ。そして加速度は相対性であるので、速度調整能力が障害されている場合には、完成度の高いフラクタル構造が完成されてしまうだろう。あるいは完成してしまうだろう。フラクタル構造の完成は極めて稀であると考えられる。この希少性は、同じく希少な解離性同一性障害(DID)の発症と相関しているのではないだろうか。また、フラクタル構造の完成度が高い場合には、ベクトル性(生物的合理性又は合理性)に偏向した人格となり、パーソナリティ障害となる事が予想できる。
パーソナリティ障害は準DIDだ。つまり、[ベクトル性の粗密性]と、[不確実性(意味、自由意志、道徳)の粗密性]との割合(配分)が、[完全モデル行動(完全因果関係支配行動)]と[自由意志行動]とをつなげる行動原理をスペクトラム状に分布させる。
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前回の記事を書いていて気づいたのだが、注意欠陥型の健忘症は解離性同一性障害(DID)の一形態ではないかと思う。注意対象にはベクトル性が働いており、このベクトル性人格が、直前の主人格又は別の分岐ベクトル性人格に交代した場合だ。たとえば、蛇口を閉め忘れる場合について考えてみる。コップを洗うために蛇口を開けてコップを洗うとする。この時、蛇口を開けた人格が、コップを洗うベクトル性人格に交代し、蛇口を閉める事を完全に忘れる。または、コップを洗っている時に、別の用事を思い出したとすれば、この用事についてのベクトル性人格に交代して、蛇口の事を完全に忘れるという事も予想できる。この人格交代はDIDでいえば、記憶無しの人格交代に相当する。準DID的な人格交代なのだが、ベクトル性の粗密性と不確実性の粗密性のバランスの変化が、前人格を希薄にし、記憶も希薄にしていると考えることができる。
つまり相対的な密度の変化だ。速度調整、密度調整は、その能力は同期していて、あるいは同根かもしれない。
蛇口を閉め忘れる事案は誰にでも生じ得るのであり、その時の精神状態が影響している。精神状態とは曖昧だが、低密度(低速度)で世界を生成している状態だ(その原因は、加速度事案(外在的不確実性)への遭遇による反動だ。また内省による過去の加速度事案(因果関係化された内在的不確実性)の惹起も原因となる)。この場合に、焦燥感が生じ、再び反動があって、中庸に戻そうと内的に加速度を生じやすくなる。この加速度がベクトル性だ。この反動の連鎖を小さくすることが精神の安定を保つという事だ。