視界は限界があって、視界の周囲には視覚で捉えられない部分がある。視界以外という意味だ。この見えていない部分があるというのが、まず不思議ではないだろうか。真っ暗でもない。世界は連続しているはずではないか。ただ「見えない」ということだけで世界の連続性が絶たれているのである。眼球の物理的な能力が不思議なのではなく、見えないという非存在の部分が、この世界に存在する事が不思議であるはずだ、ということだ。では見えていない部分は何かを考えた時、これこそ虚空だ。

 

この虚空は知覚できず、線形的な論理でしか導き出されない非実在的な場所・空間である。しかし論理的には無は実在できない。従って虚空も実在できない。虚空は矛盾的な場所であり空間だ。実在的には存在できない場所・空間が存在している以上は、この実在的世界が「私」によって構築された世界である事が証明される。

 

この虚空の矛盾を解決する方法は、想像力であり、記憶であり、非実在的な存在を創出する意識の能力である。想像力で虚空の場所にも連続的な世界のイメージを創出できる。では周囲は視線を変えれば実在化する(実在的な存在となる)のであって、視界に入るまでは非実在的な存在であったことになる。この逆もまた可能であって、視界を外す事によって、実在的な存在を非実在的な存在に変える事ができる。

 

知覚のほとんどないボツリヌス菌などは、ほとんど虚空の世界に生きていることになる。

 

―――――

 

 瞑想で目を瞑った時に浮かんでくるイメージは雑念と呼ぶべき表象であって、虚空を生じさせなければ瞑想とはならない。覚醒中は困難を極めるが、寝る時は簡単だ。この理由は謎である。