2011年11月2日付け朝日新聞「CM天気図」で天野祐吉さんが「大量生産と大量消費をつなぐクサリはもう切れかかっている」と指摘。


「企業と消費者を結びつける新しいきずな役として、広告は何をすればいいのか」


「それがはっきりつかめぬまま、とりあえずは子供でお茶の間の関心をつなぎとめていこう、ということかもしれない」と言う。


でも、消費者ニーズが多様化して、大量消費がないのに、大量生産はありえない。


だからクサリも必要としないから、テレビCMの効用は失いかけている。


企業は多様な消費者ニーズに対応するため、多品種少量生産にシフトしている。


これではCMはテレビでは対応できない。


テレビCMは、大量生産大量消費を前提にしているが、多品種少量生産はパソコンの検索エンジンによるネット情報が効果が高い。


テレビCMは、画一的な製品でも売れた大量生産大量消費には、大いに役立ったが、今ではきめ細かい顧客ニーズに対応した多品種少量生産に移って、CMも市場細分化によりターゲットを絞ったピンポイントの時代になった。


もはやテレビ広告では、対応できない。


広告がなくなれば、テレビも衰退せざるをえなくなる。


まもなく到来するテレビの未来図が見えてくる。

電気事業者の火力発電所で45カ月働いた方が、ネットで暴露していました。


火力発電所の定期点検は夏でなく、春や秋にできるにもかかわらず、あえて夏にしていると。


「9電力会社は、わざと夏に火力発電所の定期点検をぶつけて、意識的に電力逼迫を作りだしているのです」


「原発稼働の方が電力会社が儲ける悪い制度が、あるからです」と。


これが事実としたら、なぜそうまでして、原発を推進したいのか。


現場で働く人々は、生活の糧として、一生懸命に真面目に働いているのに、上層部の人たちは、それを巧みに狡猾に利用して、国民を騙していることになりますよ。


卑劣極まりないと思います。

国民よりも財界の利益を慮って記事にしていると思われる日本経済新聞には、珍しい記事がネットで紹介されていた。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20111012/223152/?bv_rd


野田首相の「脱原発依存」は本気か
「原発推進」と「脱原発」の狭間にあるもの
市村 孝二巳  

2011年10月14日(金)

 2030年に電力需要の過半を原子力で賄おうとしていた政府のエネルギー基本計画を見直す作業が本格的に始まった。古川元久・国家戦略相を議長とする「エネルギー・環境会議」を軸に、来年夏までに「革新的エネルギー・環境戦略」を打ち出すという。

 この問題に関して、注目すべき政府部内の会議が3つもある。

 1つは経済産業省が総合資源エネルギー調査会に設けた「基本問題委員会」だ。反原発論者であり、再生可能エネルギー推進論者である飯田哲也・NPO法人(特定非営利法人)環境エネルギー政策研究所所長や、発送電分離論者である八田達夫・大阪大学招聘教授、さらには電力会社の有価証券報告書に基づいて原発のコストを追究した大島堅一・立命館大学国際関係学部教授らを招く一方、電力業界の代表を排する委員会人事がなされたことで、従来とは異なり、単なるガス抜きとはならない議論が期待されている。

 もう1つは国の原子力政策の根幹を担ってきた原子力委員会。東日本大震災後、昨年12月から進めていた「原子力政策大綱」の見直し作業を中断していたが、8月30日、向こう1年をメドに新しい大綱をまとめる作業を再開した。

電源のコストを徹底検証する
 そして、内閣府の国家戦略室を事務局に、エネルギー・環境会議と並行して進めるのが「コスト等検討委員会」である。この委員会は、このコラムで前回、前々回と再三指摘してきたような、原発を含む様々な電源のコストを徹底検証するのが目的だ。


画像のクリックで拡大表示 この委員名簿を見ると、大島教授を招いたことや、電力業界の代表がいないことなどは経産省の基本問題委員会とも共通している。地球環境産業技術研究機構の秋元圭吾氏や、A.T.カーニーの笹俣弘志氏ら、独自のコスト試算を発表している専門家も加わった。

 会議の事務局となる国家戦略室には経産省出身者も多く、結局は経産省や電力会社が議論を裏で誘導するのではないか、との勘繰る向きもあるようだが、事務局の中には、かつて経産省の中で電力自由化の議論を先導し、自らこの役回りを買って出た人も少なくない。そのあたりの意図は、委員会の人選にも色濃く投影されている。


☆  ☆


東芝や日立などには、原発の製造ライン、作業員、専門技術者がいる。


脱原発となれば、これら設備投資は無駄となり、企業にとっては、どうしても原発を推進しないと、これら経営資源はすべて無駄となる。


だからといって、新聞メディアは、企業のために、原発を推進する旗振り役を演ずるではなく、原発は、国民にとって本当に、有用か、そうでないか、で考えてほしいものです。

福島原発の作業員の実態・ドイツのドキュメンタリー・10月4日放送がユーチューブで見れます。


http://www.youtube.com/watch?v=e1C6D7LazXc&feature=player_embedded #!


http://www.youtube.com/watch?v=e1C6D7LazXc



見たこと、聞いたことを口外するな、という誓約書を取られた2人の作業員がドイツの取材に応じています。


専門家の話もあります。

マスコミを恐れていることがわかります。


テレビは、人命の軽視を訴えています。


日本のテレビにはない内容です。

超新星ユナク1年半兵役へ「行ってきます」

http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201109160021.html


朝日新聞のwebニュースを読んでいて、書いた記者は、ネットの Wikipedia でも参考して、記事を書いているのだろうか、と思われるところがある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8A%E3%82%AF


超新星ユナクを「国費奨学生制度に合格し、愛知大経営学部に入学。」としてあるが、それは誤り。


愛知大学現代中国学部が正しい。


記者は、愛大のホームページを見ていないし、大学にも問い合わせていないのだろう。

http://leo.aichi-u.ac.jp/~genchu/


そもそも Wikipedia は、「誰でも記事を編集したり新しく作成したりできます」という方針で、専門家が編集しているわけではない。


間違いがあって、当たり前と思ったほうがいいのに、それを何の疑いもなく、記者はそこから引用したのではないのか。


そうであるなら、朝日新聞の記事は、ネットで検索して調べたものを記事にしていることになる。


となれば、サッカーのワールドカップなど、お金がかかる海外のスポーツ記事は、テレビを見て記事にすればいいし、ニュースだって、海外など費用がかかるものなら、何も現地取材しなくて、NHKのニュースを見て、記事にすればいい。


☆  ☆


超新星ユナク1年半兵役へ「行ってきます」の記事は、以下のとおり。


 韓国の6人組ダンスボーカルグループ、超新星のリーダー、ユナク(年齢非公表)が15日、東京国際フォーラムで開催された全国ツアー「超新星 LIVE TOUR 2011“Make it”」の中で、10月下旬に軍隊へ現役入隊することを電撃発表した。

 ユナクは国費奨学生として愛知大に留学していたため日本語が堪能で、グループの中でも人気NO・1のメンバー。5月にはNHKドラマ「恋するキムチ」で貫地谷しほり(25)の相手役を演じるなど活躍していた。

 この日は先月リリースした「メキ☆ラブ」「君だけは離さない」など25曲を披露した。2度目のアンコールを迎えた際、ユナクは「大事なお知らせがあります。僕、ユナクのこと好きですか」と切り出し、「一番お兄ちゃんだから」と話した瞬間に事情を察した5000人のファンから悲鳴が上がった。ユナクは「悲しいですけど、韓国人なら誰もが行くことなので理解してくれますよね」と呼び掛け、「今日は僕の口で直接言いたかった。元気に行ってきます」と涙声であいさつした。

 ユナクの発表を見守ったほかのメンバーも涙を流した。最後の曲「キミだけをずっと」は涙で歌えず、会場にファンのすすり泣きが広がった。グァンスは「ユナクは“さよなら”じゃなくて“行ってきます”。超新星ファミリーは永遠に一緒だから、それを信じて見守ってください」と留守を守る決意を語った。ユナクは「1年半なのですぐ戻ってきます。戻ったら6人でまたみなさんの前に立ちたいと思います。他のアーティストにいっちゃダメですよ」と冗談と笑顔で締めくくった。

 超新星のツアーは29日の福岡公演まで続き、10月12日には4枚目のアルバム「4U」をリリースする。2本目の主演映画「僕たちのアフター★スクール」も11月公開予定で、所属事務所は「残りのメンバーは今後も超新星として活動を継続する」と発表した。

 ◆ユナク 本名チョン・ユナク。12月2日生まれ(年齢非公表)。小学生のころから「ドラゴンボール」「スラムダンク」などの日本のコミックを読み、高校2年生で本格的に日本語の勉強を始めた。国費奨学生制度に合格し、愛知大経営学部に入学。趣味は映画観賞、ドライブ。特技はバスケットボール、日本語。181センチ、血液型O。

 ◆超新星(ちょうしんせい)07年9月に韓国でデビュー。メンバー全員180センチ以上のモデル並みスタイル。09年9月「キミだけをずっと」で日本デビュー。今年6月発売のシングル「クリウンナレ-キミに会いたくて-」がオリコン週間2位。メンバーはリーダーのユナク、ソンジェ、グァンス、ソンモ、ジヒョク、ゴニル。今年4月からメンバー全員でNHK・Eテレ「テレビでハングル講座」に出演中


☆超新星☆クリウンナレ~キミに会いたくて(ユーチューブ)
http://www.youtube.com/watch?v=X6z289VrgWU&feature=related


ユナクには、「サヨナラ」ではなく、「いってらっしゃい」で、送りましょう。


戻ってきたら、すごい騒ぎになるだろう。

読売新聞が原発推進をなぜ主張するのか、馬脚をあらわした。


9月7日付読売新聞社説は「再稼働で電力不足の解消急げ」と題して、「原子力技術の衰退防げ」としている。


すなわち、高性能で安全な原発を今後も新設していく、という選択肢を排除すべきではない。


中国やインドなど新興国は原発の大幅な増設を計画している。


日本が原発を輸出し、安全操業の技術も供与することは、原発事故のリスク低減に役立つはずだ。


日本は原子力の平和利用を通じて核拡散防止条約(NPT)体制の強化に努め、核兵器の材料になり得るプルトニウムの利用が認められている。


こうした現状が、外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ。


首相は感情的な「脱原発」ムードに流されず、原子力をめぐる世界情勢を冷静に分析して、エネルギー政策を推進すべきだ。


原発推進の本当の理由は、「外交的には、潜在的な核抑止力として機能している」ために、であることを言っている。


そこまで言っていいんかい?


「そこまで言って委員会」でも言わないのに・・


そこまで言って、言わなければならないほど、原発推進派が追い込まれているの?


それで、原発を海外輸出して、「外交的には、潜在的な核抑止力」とは、意味が分からん。


この社説は、すでにウッブではリンク切れになっているが、反響を恐れてか、早い、って。

この夏、KーPОP・超新星の名古屋ライブに参戦するつもりが、都合がつかず、参戦できなかった。

代わってNHKドラマ「恋するキムチ」の舞台となった各務原のロケ地にドライブした=写真=。

年末にも名古屋でまたライブがあるということで、今度こそ参戦を楽しみにしていたが、それがこの衝撃ニュース。

38度線で南北が睨み合う、韓国の置かれた現実をまざまざと見せつけられた。

60年も前にあった同胞同士が戦った戦争は、一時的な停戦。

国際法上、朝鮮半島は今もなお戦争状態にある。

この現実から韓国の若者は逃れることができないのだろうが、この地域の恒久的な平和をただただ祈るばかりである。

ユナクは今年の紅白歌合戦に出場することを目標としていた。

それも叶わなくなった。

次のライブ参戦は、1年半はチト長い・・

ファンも号泣
http://www.sanspo.com/geino/news/110916/gnh1109160506002-n2.htm

☆超新星☆クリウンナレ~キミに会いたくて(ユーチューブ)
http://www.youtube.com/watch?v=X6z289VrgWU&feature=related

正力松太郎をネットで検索するとーーー


1911年(明治44年)
7月 - 東京帝国大学卒業。内閣統計局に入る(同郷の南弘の推薦による)
1912年(明治45年/大正元年)
11月 - 高等文官試験に合格。
1913年(大正2年)
6月 - 警視庁入庁、警務部警務課勤務。
1917年(大正6年)
9月 - 警視庁第一方面監察官。早稲田大学の学園騒動を鎮圧。
1918年(大正7年)
10月 - 米騒動鎮圧の功により従六位に叙せられる。


1923年(大正12年)
9月 - 関東大震災において「朝鮮人暴動の噂」を流布させ、自警団による虐殺の遠因となる。1944年(昭和19年)警視庁での講演で、この虚報を「失敗だった」と発言(石井光次郎著『回想八十八年』)
10月 - 警視庁警務部長 虎ノ門事件
1924年(大正13年)
1月 - 虎ノ門事件を防げなかった責任を問われ懲戒免官。直後、摂政宮(のちの昭和天皇)婚礼により恩赦。読売新聞経営権を買収、社長に就任。
9月 - 大政翼賛会総務に就任。
1943年(昭和18年)
5月 - 翼賛政治会総務に就任。
6月 - 内閣情報局参与に就任。
1944年(昭和19年)
5月 - 貴族院議員に勅選される。
10月 - 小磯内閣顧問に就任。
1945年(昭和20年)
10月 - 第1次読売争議起こる。
12月 - A級戦犯に指定され、巣鴨拘置所に収容される[6]
1946年(昭和21年)
1月 - 公職追放。
1947年(昭和22年)
9月 - 不起訴、釈放。
1950年(昭和25年)
10月 - 読売新聞、有限会社から株式会社に改組。
1952年(昭和27年)
10月 - 日本テレビ初代社長に就任(1955年まで務める)
1953年(昭和28年)
8月 - 日本テレビ放送網本放送開始。
1955年(昭和30年)
2月 - 第27回衆議院議員総選挙に富山2区から出馬、当選。
11月 - 第3次鳩山内閣で北海道開発庁長官
1956年(昭和31年)
1月 - 原子力委員会の初代委員長に就任。
5月 - 初代科学技術庁長官に就任。
1957年(昭和32年)
7月 - 第1次岸内閣改造内閣で国務大臣(国家公安委員会委員長、科学技術庁長官、原子力委員会委員長)に就任。
1958年(昭和33年)
6月 - 読売新聞の社主に復帰。
8月 - 讀賣テレビ放送会長に就任。
1961年(昭和36年)

正力松太郎は、政府官僚だった。


そしてA級戦犯だったとは。


A級戦犯のため、正力は、自分の釈放と保身の為と交換条件に、CIAつまりアメリカの言いなりになり、アメリカの濃縮ウラン産業を活性させる為に地震多発地帯の日本にそぐわない軽水炉原発をどんどんアメリカから輸入し造っていったとされる。


読売新聞は、日本の国民のためよりも、アメリカ政府のためにあるのなら、この新聞は反国民的新聞で、怖い新聞ということになる。

http://www.ustream.tv/recorded/15241220
名古屋大学 沢田昭二先生のお話

東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋さんが、辞任した鉢呂経産大臣を取材し、「放射能失言」の裏側を分かりやすく解説しています。


必読です。


『現代ビジネス』当事者が初めて語った「放射能失言」の裏側! 鉢呂経産大臣は原発村を揺るがす「原発エネルギー政策見直し人事」の発表寸前だった(長谷川幸洋)


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/19475


日本にも、立派なジャーナリストがいます。