1号機水素爆発-住民には知らせず逃げた町議会の人々
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緊急事態のFAXを官公庁や自治体に流し続けた福島第一の吉田所長と、受け取りながらもみ消したこの国の政府と住民には知らせずに逃げた大熊町の町議会。
ふざけるな!
11月20日、双葉町と並んで、福島第一原発からもっとも近い町、大熊町の町長選が行われ、 結果は現職の渡辺利綱氏(64)が再選したという。
この町長は、原発推進派。
大熊町の住民はまたして、この町長を選んだ。
☆ ☆
以下、引用。
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3月12日。夜も明け遣らぬ午前3時。
大熊町の大駐車場に49台の大型バスが待機しているのを住民が見つけました。
「いったいなにごとか。もしかしたら、とんでもないことが起こっているのか」。
しかし、街は停電。
テレビからの情報はありません。
原発から遠く離れた公園に車を駐車して夜明かしした住民は、それならカーナビのテレビをと、スイッチを入れても、そのことについては一切触れていません。
大熊町の住民には、それが北半球を破滅させるほどのシビア・アクシデントの始まりだとは想像だにしなかったのです。
とにかく、49台のバスは、前夜のうちに大隈町に到着。そのまま大駐車場で待機していたのです。
このバスは茨城交通のバスでした。
3月11日の午後7時に、茨城交通に国土交通省から電話が入りました。
「大熊町の住民を避難させるために、バスを出して大熊町で待機していてほしい」という要請でした。
茨城交通は、国土交通省にバスの行き先を聞いたところ、「とにかく住民を乗せて西の方角に行って欲しい」と言うことでした。
国土交通省は行き先を決めていなかったのです。
茨城交通は、その日(3月11日の夜)のうちに茨城交通の営業所から140km離れた大隈町に向かったのです。
3月11日の午後10時の記者会見で、元官房長官の枝野は、「放射能漏れは見つかっていません。冷却もちゃんとできています」と記者発表で繰り返し話していました。
これは日本の憲政史上、比肩できないくらい重大で犯罪的な大嘘でした。
彼は福島第一原発から深刻な放射能が大気中にばら撒かれていたことを、事前に報告を受けていたのです。
国土交通省は大熊町の住民を避難させるために初動をかけたのですが、この時点では、どうもSPEEDI情報は彼らには伝わっていなかったようです。
しかし、SEPPDI情報は、3月11日の夜にFAXで、福島県庁内の災害対策本部、原子力安全・保安院、文部科学省、経済産業省、そして枝野の待機していた官邸には、ちゃんと送られていたのです。
後に、枝野はSPEEDI情報があること自体、知らなかったと言っています。
しかし、官邸には届いていた。枝野が、どうシラを切ってもこれは事実です。
大熊町の住民を乗せた最初のバスが大熊町を出たのは、3月12日の午後2時頃。
大熊町の北東約4キロにある福島第一原発方面から「パーン」という爆発音が聞こえてきたのは午後3時36分、1号機での最初の水素爆発が起こったのです。
大熊町の住民を乗せた茨城交通のバスの運転手は、国土交通省の「とにかく西の方角に走ってくれ」という指示のとおり、まずは国道288号線を東進、そこで避難者の車の渋滞にあって、被曝したのです。
これは3月12日のことです。
その後は恐怖の連鎖が続きました。
全国の人たちは、14日に3号機が爆発、15日早朝には2号機、続いて4号機も水素爆発。
いよいよ日本列島がクライシスに入った様子をリアルタイムで、それも繰り返し観ることができたのです。
同時に、その内容は30秒遅れでインターネット放送を通じて、世界中に流されました。毎日毎日24時間。
しかし、福島の避難者たちは、その様子を一切知ることができなかったのです。
なぜなら、情報統制していた福島のテレビが、その映像を流さなかったのです。
そして、それは驚いたことに、何日も続いたのです。
2号機が水素爆発を起こしたのは、3月15日の午前6時頃でした。
そのとき、東電・非常災害対策本部から、宇都宮のトラック業者に1本の電話が入ったのです。
その電話の内容は、「氷40トンを福島へ輸送して欲しい」という依頼でした。
製氷業者は、電話の東電担当者に「40トンも、いったい何に使うのか」と尋ねたところ、ヘリコプターから原子炉に落として冷却するためだと答えたのです。
福島第一原発の現場では、すでにこの時点で、何人かの作業員が亡くなっており、致命的な被曝に晒されると同時に、怪我をした作業員も大勢出ていました。
そして、それは隠されています。
3月15日の記者会見でも、菅直人は「このことを発表しなかった」のです。
線量を見れば、後で菅直人は自分のついた大嘘がばれることを覚悟していました。
そして、今、彼は自分がいつか法廷に引きずり出されることも覚悟しているはずです。
このとき、原子力安全委員会の斑目は何もできなかったどころか、「言った言わない」で子供のような駄々をこねていただけでした。テレビの視聴者たちは、幼稚園児が、そのまま大人になった例を見ることができました。
そして、原子力安全・保安院の元院長の寺坂信昭は、11日の段階で、すでに炉心溶融の事実を知っていながら、わなわな震えるばかりでした。
彼の“ゆがんだ使命感”は、福島県の人々を、そして国民をどう被曝から守ろうということではなく、この未曾有の人災を、どのようにして小さく見せようか、ということに一層鼓舞されたのです。
寺坂信昭は、その後、経済産業省の犯罪を隠蔽しようとしていた元経産相の海江田によって更迭。
退職金に1000万円を上乗せしてもらって、ほくほく顔で、その任を降りたのです。
略
ものすごい量の報告書が、吉田所長から東電に送られていました。阿鼻叫喚の地獄の中で、逐一、報告していたことが、殴り書きの字の様子からもうかがい知ることができます。
これだけ大量の第10条報告がFAXで送られていたのに、なぜ、この1通だけを、ここで取り上げるのか。
それは、特別な意味があります。
このFAXは、原子力災害対策特別措置法に則っていますから、福島県知事、大熊町役場、二葉町役場にも送られていなれば法律違反になります。(その他の原発周辺立地の自治体にも送られていたことでしょう)
ところで、福島県の人たち、福島県からすでに避難している人たち、茨城県の人たちが集っているフォーラムがあります。
内容は、現地の状況や役所の動きなどについて、詳細に書かれた投稿が多く、閲覧するには登録を求められるサイトです。
そのフォーラムに大熊町、あるいは双葉町のどちらかの住人から、このFAX文書へのリンクが貼られたコメントが投稿されました。
その人のハンドルは「町議」です。
その内容は、
「町議会に、このFAXは届いていたが、議会は情報を外に出さなかった。この10条通報の内容を知ってた人だけが逃げた」と書かれてあるのです。
そのフォーラムは、今はなくなっています。
このコメントを投稿した人が誰なのか。それは町議会の議員か、もしく内部関係者です。
良心の呵責に耐えかねたのか、または「大人しい内部告発」のつもりなのか、いずれにしても、この町議会では、町民を一刻も早く避難させなければならない、というこの重大な情報を町民に知らせることなく、知っていた人たちだけは逃げた、ということを告発しているのです。
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このブログに書かれていたことが本当なら、ここに登場する人物は、到底許せない。