深夜のこと、二郎先生とお疲れさまの乾杯をしていたら母から電話が なにかがあったのだと身構える 飛び乗ったタクシーの中で「父さん、いくら呑みともがいないからって母さんを連れていくには早すぎるよ・・・」と、祈りながら家に着くと胸を押さえくるしんでいる母がいた すぐに救急車で病院へ搬送 結局、命に別状はなかったので安堵するが、今週はペンディングしてた健康診断の病院回りをしよう、母のためにも子供たちのためにも自分は健康でいなければと思ってた矢先の出来事 深夜の病院の待合室は退屈である お陰で平賀ちゃんから借りたこの本をじっくり読むことができた 大人の自分はこの本で原発についての理解はできた でも、モンスターや未来の子供らに希望を託せるようなものは一つも得られなかったが、著者小出先生は原子力の専門家の立場で40年以上も原発に反対しているというスタンスだからかなりの説得力 最後に先生は、安全な地球環境を子供たちに引き渡すためには「知足」しかないと語る 便利さや贅沢な生活と引き換えに失ってしまった大切なものを取り戻すためにも・・・ 先日、モンスターと観たディズニーの「ピノキオ」 ピノキオが嘘をつけばつくほど鼻がどんどん伸びていく様子を恐々とみているモンスターのほうが面白かった そう、嘘をつけばまたそのために嘘をつかねばならない、原発の問題もそうである 最後に天使が語る一言「大切なひとを思いやる心を決して失わないように」

そして今日は、「味噌による放射線の防御作用」の講演会へ 改めて放射能を学ぶ 講師である広大名誉教授の渡邉先生は小出先生同様に「毎朝、お子様の健康を思いやって具だくさんの御味噌汁を作り、家族のコミュニケーションを」と語っていた 私たちはこの震災で人間として如何に生きるかを再確認したように思う 講演後、沖縄からお見舞いにきてくれた田辺先生と久しぶりの昼呑みで暫し地震のことは忘れた  

8月20日は早いもので父の一周忌であり、お陰さまで新しいお店の一周年でもある 朝、娘たちが目を腫らして実家に現れる この私同様に、父が息を引き取った午前二時過ぎから、一年前の長かったあの日のことをあれこれ考えていたら眠れなくなった・・・ 朝の湿った空気の中、暫しのドライブ しめやかに厳かに法要を終え、崩れそうなお天気に慌ただしく墓参りを済ませてから親族一同での会食を その昔、我が家の恒例となっていた年末の温泉旅行に、三度も訪れた遠刈田の旅館へ・・・ 大広間の上座に父の遺影を飾り、高齢となった叔父と叔母たちを労わるように私の子供たちがお酒やお茶を振る舞い、まずは献杯を 昔むかしのお話に花が咲いてみなで父を懐かしむ静かな宴がはじまる この一年、私のこころにずっと生き続け支えてくれた父 いっ時でいいから目の前にその姿を現してくれたなら、どんなにか喜んで皆と酒を交わすことだろうか あぁ、切ない どうか、幼かった頃にお世話になった叔父や叔母が、父の分までいつまでも長生きしてくれますように 部屋の隅ではいつしかこの私を看取ってもらうことになる?子供たちの三家族集団がモンスターをいじくっていた 「おじいちゃんはどこにいったのかな?」誰がおしえたのか「おじいちゃんはね、おほしちゃまになったんだよ」と 無事にお勤めを終え、みなが帰った後に、母とゆったり温泉に浸り労を労う 今年の暮れも家族みんなで温泉へ行こうね その後、私だけ広瀬川で開催されている灯篭流しへ向かう 川べりの特設ステージでは、歌手の南こうせつさんが特別出演し仙台南高、常盤木学園高の音楽部との合奏を披露する中、浴衣姿の列の中に喪服の私が並ぶ 初めての灯篭流しである ゆっくりとした川の流れとともに、だんだんと離れていく父の灯篭に合掌しながら、息子に女の子が生まれたこと、父の母校が甲子園に初出場したこと、そして大震災のこと、母もチョコも元気なこと・・・ あれこれ語りかけてたら涙が滲んで大切な灯篭を見失った 大切なものは目にはみえないんだよ、どこからかそんな声が聞こえた その時、漸く私のこころが父の死を受け止め、父とお別れできたような気がした モンスターが言ってたように、そう、父は夜空に輝く星になったのだ 長かった一日が終わった 

ふと、父の一周忌法要の引き出物はお味噌にしようと思った・・・ 自然療法で高名の東城百合子さんを知ったのは、わたしが母となり離乳食を作りはじめたころに目にした日経に載った彼女の記事 「あなたたちの血や肉を作っているのは食べ物でしょう。まず、食べ物を変えなさい。手作りのものを食べることからはじめるの。最近では、コンビニやスーパーで加工食品があふれていて、お金さえあれば、一度も台所に立たなくてもご飯が食べられるようになっている。生の野菜も魚も肉も触らず、料理せず、お金で買った食事を食べていると、それは「物」を食べるのと一緒の感覚。どんどん人は傲慢になる。食べ物は、「命」です。私たちは生かしてもらっている。それを自覚することです」 それから、どんなに忙しくとも子供たちには極力手料理を・・・を心がけ そして、三世代同居となった我が家では毎朝ごはんと味噌汁で食卓を囲む 年月は流れ、今は老いた母と二人暮らしの中、再び彼女の原発問題への メッセージに出会った

「こんな時こそ落ち着いて、自然に生きるとは何なのかじっくり考える時だと思います。大変な時もあわてず、陰を陽に、調和を大切に行動する事の大切さを学んでください。原爆は 強力な陰の力(人間の力)です。そのマイナスを強力な陽の力(自然の力)で中和するのは、塩分時間です。これは長く寝かせて時間を過ごした古い味噌梅干したくあん味噌漬け、薬草を煎じて煮詰めたエキス類(梅肉エキスのようなもの)、梅干しや昆布の黒焼きにしたものなどです。このような場合は、塩辛いものを食べても喉が渇きません。陰を陽に中和するからです。原発が云々で騒ぎウロウロするより、手作りの玄米、味噌汁、漬物の凄い力を借りるといい。何があっても毒出しできれば、慌てることはないのです」私が学び、扱っている健康酒も同じである 今宵も旨い酒に拘っていこう 

しかし、先ほどの地震には慌てた・・・なんとも怖かった