人生ワクワクドキドキすること、とはマクマナスの著書「ソース」の本旨である 先週はとっても嬉しいことがあったので愛さずにいられないではなく書かずにいられない まずは、お取引をさせていただいている東京の酒問屋の社長さんから直々にお電話をいただいたこと 一昨日、今回の震災でご支援を頂戴したそのお礼と年末のご挨拶を兼ねて仙台の笹かまをお送りしたのだが・・・ 一度もお会いしたこともなく、それこそ直接伺って御礼をせねばならぬお方、受話器の向こう側でお話している社長さんのお人柄がじんわりと伝わってきて、今年の言葉「絆」を思い出し、更なる元気をいただいた そして、以前娘と参加したリンパトリートメント(リンパマッサージ)講習会の講師である滝谷さんが、お仲間と一緒にいらしてくれたこと こころのずっと奥で、いつかゆっくりとお話をさせていただきたいと願った方のおひとりであり、同姓としてとても惹かれる方である 隣席していた、今催事で仙台入りしている生カマンベールのクレイルの若社長、西村くんが「たばこ」だけはやめられないんですと語ると、滝谷さんはその柔らかな語りで「どうしてもやめられないならば、罪悪感を抱きながらではなく、気持ちよくたばこを吸ってこれで今日も健康になるぞ!と脳をだませばいいんですよ」と一喝 恐れ入りました ご主人の滝谷氏もそれは素敵な方 私はお二人に同じクオリアを感じる それはお店にいらしているご夫婦も皆同じ 相方は自分を映す鏡であり、磨くには真摯に向き合い、互いに信じ合い、深く寄り添うことなのだろう そして週末は12月度の高級ワインの試飲会 今回は中野ちゃんをゲストにその一期一会を愉しんだ はじめは清楚なふりをして最後には化けの皮が剥がれたA 独特の香りと透明感を最後まで湛えてたB 何事にも動じない芯の強さは私好みのC 人間ではなくワインの評価であるが実におもしろい さて、今宵も健康のために痴呆を予防するために〆のカベルネといきますか~ 実はいいお店を発見したけど・・・今は教えな~い  

早朝の粗大ごみの回収から戻ると、びっくり! 台所に立ち、キムチ鍋を作って気合の入っている母 きょ、今日は調子がいいらしい そんな日は食事が終わると、必ず雑巾片手にウロウロする もともと綺麗好きな母だが、年齢を重ね身体も思うように動かなくなり、掃除が億劫になってきたと呟いていた しかし、私が片付けると、それはそれで面白くないらしく、またもとの場所に戻っていることがある(笑) ときにそんな母にイラついていたが漸く慣れてきた だから、調子がいい母を眺めるのは幸せな気分になる いよいよ大掃除の時期か

今年は震災のお蔭といっては何だが、なかなか捨てられなかったものがものの見事に壊れたり、もう使わないと思っていたものが残って助かったりで・・・ それらの後始末をしながら儚い無常な人生を重ねた方も多かったかもしれない 震災後はしばらく片づけに追われたが余震を危惧して未だに手を付けていないとこも多い 千年に一度の災害の掃除を経験し、生き残ったものの一人として、年末の大掃除はそれなりに感慨深いものがある そういえば、父が入院していたころ、病室で娘が毎日父の顔を拭いてあげていた 娘は、「当たり前だけどね、生きているから汚れるんだよ」と その汚れは父が生きていることの証なんだと涙が込み上げたことを思い出す 生きているからこそ汚れる 身体も住まいもそしてこころも 禅の修行は一に掃除二に掃除三に掃除五に座禅ときいたことがある 身の回りを日々綺麗にすることでこころを清める、ひとが嫌がる作務をすることでこころを鍛える 二郎先生の断捨離ではないが、究極は諦める(明らかにみる)ことの大切さを学ぶということなのだろう 「生」の強度を高めないと「死」のリアリズムに負けると茂木さん 

余談であるが、禅ではそうした汚れとゴミの扱いは異なる ある逸話がある その昔、臨済宗妙心寺の住職である後藤老師のところに一人の青年が弟子入りを求めてきた 多くの同級生が戦死、両親も病死し、価値観の混乱の中で自殺まで考えた青年は、最後に禅門をたたいたのだ 老師は彼を連れてまず庭掃除に出た 「老師、このゴミをどこに捨ててまいりましょう」「ゴミなどない」不思議に思っていると、瑞巌老師は落ち葉を風呂を焚く柴として、小石は雨だれが地面に穴を開けているところへ行き、穴をふさいで回り、さらに残った土や砂を、庭のくぼみに運んで踏みつけると、何も残らなくなった そうして「どうだい、人にも物にも、元来ゴミはないということがわかったかい」と、諭されたという 自分のことを、ゴミのような存在と思い込んでしまっていた私に、自身の中にあるいのちを信ずることなしには何事も成り立たないのだ、という深い真実を理屈ではなく、庭掃除を通して教えてくれた そう語る彼は、後の住職、盛永老師そのひと 皆それぞれに役目がある また、震災のあの膨大ながれきは、すべて大切な思い出のモノである 大掃除をしながら、今年も未だに父が愛用していたジャンパーは捨てられずにいる私でもある 夢の中に現れる大好きな父は、いつもそのジャンパーを着て、にっこりと笑っているのだから 

今、私たちが生きているこの瞬間は「何かへの準備」ではなく、常に「本番」なんだと気づかされたあの日 いつの日かやらねば、いつかやろうね・・・などと呟いている「いつか」は結局存在しないことも痛感した、あの3月11日からもう9か月 

人間の胎児は、母の胎内で、数億年の進化の歴史を追体験するという 娘のお腹の中に宿ったひとつの生命は、外界の尋常でない大変な出来事を母と共に感じ、怯え耐え忍んでいたのだろうか・・・だとしたら、奴はただもんじゃないかもしれない そのちびっこモンスターが無事に誕生! なんとまぁ、そのふてぶてしい顔つきに、私の嫌な予感は的中したかもしれない 赤ちゃんの時にすでに人格の基礎が形成されているのでは 客観的に子育てを眺めるようになっておもうこのごろ 今現在、私のDNAを一部コピー&ペーストしたモンスターは合わせて3匹 3匹の力では、地球はおろかこの日本さえも救えないけれど、誰かのためにお役に立てるような人間に、との願いを込めてモンスターの名前を考えてみる そこでひとを助けるという意味の「侑」の一文字を進呈することにした 還暦を過ぎた二郎先生から学ばせていただいた教育論では、三歳までは五感を鍛えることが何よりも大事という いい音楽を聴かせてあげること 野山を駆け巡り美しい自然に触れること 心のこもった栄養バランスのある手料理と忘れてはならない、ぎゅっと抱きしめること 話しかけることは必須 初めて出会う様々な世界の中で危険なものとそうでないものの見分けからはじまり 善悪の基準さえしっかり教えこめば、あとは偶有性の海へ放り投げるだけなんですが・・・ね そこまでがなんとも人間の赤ちゃんというものは手間がかかる でも、その時期はかけなきゃならない 震災孤児のドキュメンタリーを観て、本当の意味での戦いはこれからなんだと思い知らされた モンスター達が大人になるころの世界は、この惑星は、どうなっているんだろうか 

一抹の不安と微かな希望を抱えながら、週末は、相方の誕生日を静かに祝う 冷えた夜空に欠けゆく月をじーっと見つめながら、熱燗で乾杯を!! 世の中がどうあれ、自分が哀しくとも苦しくとも宇宙は確実に時を刻む 相方が呟く「この無常で無情な世にあっても、心の中に希望を持つことは大切やね 希望とは、外へ向かう欲望ではなく、内なる我に生じるもの」と はて、ひとつ齢をとって何かを悟ったか? 月が満ちてくるころには、こちらの酔いも満ちてきた