今年もやってきたJAZZフェス!昨年を振り返ると、朝から太陽の日差しが眩しい中を、いつもの錦町公園へ場所取りに出掛けたっけ。ビール片手にアンディも元気だった。そうそう、生まれて間もないモンスターが、早朝に鼠径ヘルニアで病院へ搬送。無事治療を終えて駆けつけてくれた慌ただしい初日。まるで昨日のことのような、ずっとずっと昔のことのような…
今年の集合場所は榴ヶ岡公園噴水前。なんと、わが娘と雪ちゃんが横田バンドのコーラス部隊で出演することになったのであ~る。彼女は5年前にも参加したが、その時はまだ独身。今は一児のママ。そして、未だ顔面神経麻痺が完治せぬ中、皆の協力のもと、今ここで自分ができることを…雪ちゃんは一人でも多くの方へ感動の歌声を…そんな思いでステージに立つ。この私は、前夜のクールダウンの後、家に着いたのが4時半。仮眠し、シャンパンとグラスを持参して酒気帯びで現地へ(笑)今にも泣き出しそうな空を案じながら。
嬉しいことに昔の仲間たち、東京からマネージャー、秋田から梅ちゃんも駆けつけて、応援団は30人余り。次々にお酒片手に現れる仲間の笑顔に元気をいただく。土曜日の11時、遠く榴ヶ岡まで足を運んでいただき、有難うございました!この場をお借りしてお礼を申し上げます。15回目の横田バンド、今までの中で一番良かったんじゃないかな?親の欲目かもしれないけど。しかし不思議なことに、昨年天国へ旅立ったドラムの飯塚さんの追悼曲、Tears In Heavenの時だけ霧雨が降った。泣きたくなった。
終わって直ぐに定禅寺通へ移動。次はエリちゃんの演奏。ゴメさんが、またしてもシャンパンを用意して待っててくれてた。エリちゃん、めちゃくちゃカッコいい。お腹も空いて、お向かえの東龍門へ。13人で円卓を囲み紹興酒でまた乾杯!今日何度目?夕方、待ちに待った上田正樹のステージへ。この道で生きてきたプロのミュージシャンの洗礼を受ける。どうしようもなく心の底から熱いものが込み上げてくる。そして翌日は、娘と共にサルサ2号へ顔出し。23回目となるJAZZフェスのテーマは、「音楽は無限大」だそうな。無限大の感動を有難う。今朝、各テレビ局は7年後の東京オリンピックの話題で盛り上がってたけど、私はもう暫くここに立ち止まっていたい。
9月に入り、夏を名残惜しむ蝉の声と共に、鳴子温泉日帰りツアーへ。晴れ男は誰だろう?台風も何処かへ消えてお天気になった。例の如く、我々のツアーは、電車が入線したとこから、ワインを開けグラスを配り大人の宴会が始まる。目指すは、東鳴子の農家レストラン「土風里」と日帰り温泉「なんぶ屋」
この私にとって、鳴子は思い出がいっぱい詰まった処。16人の愉快な仲間たちの笑い声の中に、遠い昔の自分を探す。2008年から運行を開始した、全指定豪華リゾート列車みのり号と共に、私のローカル線の旅は始まった。車両の格好良さに歓喜の声をあげたこと、昨日のことのように思い出される。吹雪で車内に2時間も閉じ込められたこともあったっけ。でも、相方とずっと呑んでた(笑)下りの電車は鳴子温泉駅で20分の停車となる。何度、雪の舞う駅の足湯に浸かったことか。切符をダッシュボードに捨ててしまい、終点新庄駅で待ち惚け。車掌さんが切符を探し出してくれ多大なご迷惑をおかけしたこと。もう、あの頃へは戻れない。キャッチコピー「みのりあう瞬間を永遠に残したいみのり旅」その言葉通り、この5年間の思い出は、永遠に私の心に刻まれゆく。今回の旅も…反省は、いつも呑み過ぎてしまうことだ。東鳴子駅で、プロデュースしてくれたみきちゃんの笑顔を見た途端、そこから記憶がまだらになった。でも、彼女のお陰で、また素敵な仲間たちのお陰で心残る旅となった。感謝である。愉しい時間はあっという間に終わり、飲兵衛16人を乗せたみのりが仙台駅に無事到着。
学生時代、宮沢賢治の遺稿「銀河鉄道の夜」を読んだ時はよく理解できなかった事柄も、今の自分には切ないほどにわかる。死んでいるカムパネルラと生きているジョバンニ。この二人のモデルは、死んでしまった妹としと、それを哀しんでいる賢治のことだったのだろう。いつまでも一緒にいたかったその思いを、銀河鉄道は乗せていく。そんな、終わりのない旅に出れるのはいつのことだろう。私はいつでもいいんだけどな。家から出たがらない母がいるんで(笑)翌日は、その母を連れ出し、先日オープンした、お友達のアロハのお店へ。ちょっと早いけど敬老の日のお祝いに、派手派手のアロハを買ってあげた。いいアロハは一生もんですよ!と、お友達が言った。
墓参りの帰り、今年の夏の思い出にと、母とふたり遠刈田温泉へ。連日の暑さで死にかけてた母を励まし、すっかり出不精になった母をおだて、お宿は「ゆと森倶楽部」
深緑に囲まれた露天風呂に浸かり、シャンプーをして、背中を流してあげると、ご機嫌になった母。モンスターみたい。誰もがそうであるように、いつしか母との親子関係は逆転していく。この私も時に娘たちに窘められる。夕食のブッフェでは子供のように椅子に座って待っている母を見て、可愛いと思った。これも、非日常な時間だからである。毎日、彼女の我が儘な投球を全て受け止めた、高校時代は名キャッチャーだった父のようにはなれないが…さて、今夜だけは私も楽しんじゃおうと、ワイン飲み放題を注文。お腹もいっぱいになり、ほろ酔いでラウンジへ向かうと、なんとオールディーズのライブ中。音楽好きの母と一緒にノリノリ、アンコールコールで声が枯れた。しかし、こうした楽しい時間は、それを長年分かち合ってきた相方との歴史を遡り寂寥感を増す。夜、母の寝息をBGMに、この旅館のタイムカプセルサービス(10年後に配達してくれるという)絵葉書に、母の名前でこっそり認めてみた。「天国のおじいちゃん、十年経っても私はまだ生きてます。いつになったら、おじいちゃんのとこへ行けるんでしょうか?早くお迎えにきて下さい。」投函してから、未来予想図が的中しそうで恐ろしくなったが(笑)みな、十年後も元気ならいい。
翌日は、天国で母を待ってる?父の三回目の命日。浴衣を纏い、娘親子と共に広瀬川の灯籠流しへ。墓参りも灯籠流しも、誰のためでもない、残された人間の切なく辛い思いを和らげてくれる鎮魂の儀式。そして、今年はご縁あって、F先生のご家族と大曲の花火大会へ行けることにもなった。母の精神カウンセリングの時には、優しい医師の顔。私のお店では、いつも美味しい差し入れをしてくれる頼れるお兄様的存在の先生であるが、この日はパパの顔。先週末、久々の秋田新幹線に乗って大曲までの日帰り旅行は、聡明な娘さんのお陰で、とてもいい時間を過ごすことができた。一生に一度は大曲の花火をみたらいい。たくさんの友人からそう言われてこの歳になり、やっと、念願叶った。もう少し若いうちに見ときゃよかったかな。花火の美しさよりも、そこに人の世の儚さを重ねて無口になる。年明けから、いろいろあったからね…。言葉にできないほど。