逆境でも組織を動かすリーダーに求められるもの | ビジネス人間学

※この記事は「経営者JP」の企画協力を受けております。

 経営コンサルティング会社や産業再生機構など複数の投資ファンドに在籍していた際に、かつては業績が良かったものの現在は不振に陥っている企業を何社も見てきました。しかし、オーナーの変更など経営体制や方針が大きく変わる、社内外に混乱を招きかねないリスクのあるタイミングから自分自身が経営者として参画した会社については、結果を振り返れば全ての期について対前年比で利益を伸ばしてきました。

 旧来型の産業には、大きなものから小さなものまでいくつかの収益性を維持・向上させるための勝ちパターンがあり、それぞれはおおよそシンプルなものです。会社や事業モデルの現状と理想とのギャップがどこにどれくらいあるのかという分析がまず必要です。そのうえで、なぜそこから外れてしまっているのか、軌道修正できなかったのかという問題を解きほぐして一つ一つ粘り強く対策を打っていかなければなりません。

 会社をおかしくさせるのは主に、利益を出す仕組みが競争環境の変化についていけなくなってしまう戦略上の要素と、日々の取組みを実行する組織内のさまざまなレイヤーによる意思決定の過ちの積み重ねとがあります。前者は分かりやすい、すなわち正しやすい課題です。しかし後者については見えにくく時間がかかりますし、リーダーがあらゆる手を尽くして組織の上から下まで継続的に関わっていかなければ解決できない問題です。

 企業といえども人間の集まりにすぎないため、会社や組織を変えたり伸ばしたりしなければならないリーダー(達)は、仕組みを変えることと、それを実行する人間の問題の双方に取り組まなければ結果は出せません。

●正しいと思ったら1人ででも試してみる

 意思決定を誤るケースとして多いのが、過去の成功体験に囚われること、新しい取り組み、社内慣習や常識からの逸脱に対して過剰にネガティブな反応を示すことです。

 以前経営していた会社では、着任当初の見立てとして、弱点補強のためには社内の各所に外からの人材採用は必要不可欠でした。ところが財務状況が極めて悪いので、ボーナスどころか給与水準の維持でさえも本音のところでは確約できない状態です。そんな状態では普通に募集をかけてもまともな人材は来てくれません。募集告知に「お金はないが、仕事の機会と夢だけは溢れている」というキャッチフレーズを掲げたところで反応はお寒いものでした。

 そこで、3カ月間の契約社員、ただし相場の3割増しの給与、「普通に」認められれば相場給与で正社員化という条件に切り替えました。社内では「(どうせ誰も応募がないから)意味がなくて無駄」と言われ、人材エージェント主要各社からは「非常識ですし、"普通に"っていったいなんですか? 説明できません」と反対されました。

 こんなに厳しい条件でも果敢にエントリーしてくるような、なにがしかの理由で真っ当に働くことを渇望している人でないとどの道今の会社ではやっていけないと考え、選考ポイントは意欲とその理由と対話力だけに絞り、学歴や職歴も不問にして、(当初誰も協力してくれませんでしたので)自分自身で説明会を開き採用活動をしていました。最初に採用できた人が優秀と認められたおかげで徐々に協力も得られ、社員の1割近くに相当する人員を採用でき(期間満了と同時の退社はうち1割でした)、プロパー社員とともにさまざまな取組みに挑戦できました。

●恥を恐れない勇気

 MBA保有者は時間とともに増えていきますし、いろいろな書籍や研修などにより、企業経営に関する戦略や思考のフレーム自体の情報格差はほとんどなくなっています。大切なことはそれらをどう自社に適用して、実践を継続できるかということです。

 特別な技術や資産があるような場合を除けば、ある程度の規模や事業基盤の企業において結果が出るかどうかは、戦略や知恵によって起こる差と同等以上に、個人であり集団の感情的な欲をコントロールすること、それによる意思決定の判断軸が客観的・論理的であること。また、根底に志があり、それが共感されるものであり、どう共有しているかといういたってシンプルな運営上の力量によって起こる差が影響するように思います。

 組織の中で実質的にある程度の権限を持つと、部下や周囲に意思決定の理由の説明を端折ることが許されたりもします。感情に任せて判断して指示を出すことはすごく楽なことです。ただしその結果に対する反省や分析も端折ってしまうと市場の変化についていけなくなり、どこかでウミが貯まります。

 著者のように落下傘的に突然外から会社に入ってくる人に対して、土足で踏み込んできたように捉えるミドル層はたくさんいます。むしろその方が人間として正直な反応だと思います。ただしさまざまなアクションや意思決定について理由を尋ねた際に、単に「面白くない」という感情によるネガティブな反応と、きちんと説明できないことを隠すためにいわゆる「逆ギレ」のような反応をされる場合などがあります。後者であった場合、現状を改善できるカギが隠れていると捉えます。

 リーダーが部下であれ他人の力を引き出すためにはまず、説明責任を果たせるような、自分としては客観的に正しいと思える解なり論拠を持っていなければなりません。加えて、普段の生活態度を含めて自分自身で実行が伴っていなければなりません。

 そのうえで、さまざまなアクションが実効可能かどうか、組織や自分の管理すべきグループに価値観や判断基準が浸透しているか、日々の大なり小なりのPDCAを早く多く回し、その結果を確認しなければなりません。もちろん人間ですから判断が誤っていたことが露呈することもあります。その際には素直に認めて「ごめんなさい」をして、関係者の知恵を集めて改善策を考える行動が必要です。

 結果を確認する際のカギとなるのが、1次情報です。中間管理職の報告という2次情報を聞くだけでなく、それとなくでも構わないので、組織の最前線にいるスタッフやお客様、取引先など関係者からの1次情報を取りに行くことです。報告とは違った事象が見えることは多々あります(もちろん、中間管理職のプライドを傷つけないようにする配慮は必要です)。1次情報に触れている人たちが躊躇なくネガティブな報告もできるような土壌を作っておくことが理想的ではあります。

 よく「立派な人ほど腰が低い」とは言われますが、1次情報を集めるためには人として丁寧な態度が必要ですし、また、誤りが起こった時には影響が小さいうちに芽を摘んで改善するために協力を仰ぐ際も同様ですので、そうなっていくのでしょう。

 (今売れている書籍のタイトルにかこつけるわけではないですが)ネガティブな事実を受け止める、自分の誤りが露呈して恥をかくかもしれないリスクを受け止めながらも他者に説明をする、ごめんなさいを言える、取組みを後戻りさせる、判断を途中で変える、何かを新しく始める(うまくいかない時間を過ごす)。そんな諸々の勇気を持ち続けることが、会社を支えるリーダーにとって忘れてはいけないことだと捉えています。

(出口知史)


(ITmedia エグゼクティブ)