「マイナス金利」で老後が不安? | ビジネス人間学




●荻原博子の著者プロフィール:



 1954年生まれ。難しい経済やお金の仕組みを生活に根ざして分かりやすく解説し、経済だけでなくマネー分野の記事も数多く手がけ、ビジネスマンから主婦に至るまで幅広い層に支持されている。

マイナス金利を導入した日銀

 バブル崩壊直後からデフレの長期化を予想し、現金に徹した資産防衛、家計運営を提唱し続けている。新聞、雑誌等の連載やテレビのコメンテーターとしても活躍中。



 「どんとこい、老後」(毎日新聞社)、「お金は死ぬまえに使え」(マガジンハウス)、「ちょい投資」(中央公論新社)、「荻原博子式年金家計簿2016」(角川書店)、「10年後に破綻する人、幸福な人」(新潮社)など著書多数。



●3分で読める 荻原博子の今さら聞けないお金の話:



 「え、そうだったの!?」



 年金、医療保険、介護保険、教育費、投資。私たちの生活に密接な制度や仕組みについて、きちんと理解していますか?



 本連載では、いま話題になっているけど今さら聞けない、身近なお金に関する仕組みや制度のことを経済ジャーナリストの荻原博子が分かりやすく1から解説していきます。



 日本銀行(日銀)の「マイナス金利」が話題となっています。



 日銀は、「日本経済の停滞はお金の流れがスムーズにいっていないからだ」と考えています。けれど、日銀は直接私たちにお金を流すことはできません。銀行や信金などの金融機関を通して流すことしかができないので、年間80兆円の日本国債を金融機関から買い上げることで、お金を金融機関に渡しています。「異次元の金融緩和」は金融機関がそのお金を企業や個人の貸し出しに回すことを意図して行ってきました。



 けれど、金融機関に流したはずのお金の多くが日銀の当座預金にブタ積みされたままになっています。黒田総裁が「異次元の金融緩和」をする前の2013年3月の当座預金の残高は約58兆円。日経新聞などは「この額の多さは異常」と書いていましたが、これが2016年2月2日の時点で約257兆円となり、なんと約200兆円も増えています。つまり、せっかく日銀が「異次元の金融緩和」で年間80兆円ものお金を金融機関に出しても、そのお金の多くが銀行から外になかなか出ていかないのです。



 これでは、いくら日銀がお金を金融機関に出しても効果は限定的で「異次元の金融緩和」の出口は見えてきません。そこで、「これ以上、当座預金にお金を預けるな!」というメッセージを伝えるために、日銀は当座預金の一部をマイナス0.1%の金利にすることを決めました。対象となる額は、主にこれから金融機関が積み増していくお金なので数兆円程度とたいしたことはないのですが、1万円預けたら9990円になってしまうわけですから市場へのインパクトは大きく、国債を買う動きが加速して国債は史上最低金利を更新しました。



●銀行の「投資商品」への大攻勢が始まる



 今回はマイナス0.1%ですが、日銀はもっと金利を下げるかもしれないという含みを残しました。今まで通り日銀から年間80兆円のお金が流れてきたとき、これに対して大きなマイナス金利がつけば、金融機関の収益が大幅に減ってしまうかもしれません。



 ですから、三菱東京UFJ銀行などは大手企業などの普通預金口座から手数料を取ることを検討していると報じられています。つまり、預金した大手企業から手数料を取ることで、大手企業にこれ以上普通預金を預けさせない実質的なマイナス金利にしてしまうということです。



 そもそも、日本で一番はじめに預金金利を果てしなくゼロに近づけたのは三菱東京UFJ銀行です。なぜなら、信用力が高いので多くの人が同行に預金をするのですが、それを運用する先がなかったのです。ですから「もう、当行にお金を預けるな」という意思表示をしたということです。その三菱東京UFJですから、大口預金の企業から手数料を取ることは意外ではありません。



 ただ、これを個人向けにやるのかといえば、そうはならないでしょう。なぜなら、個人の口座から手数料を徴収すると、他の金融機関に口座を移してしまう人が多く出る可能性があります。今の銀行の経営戦略の柱となっているのは、個人のお金をまず預金として銀行に預けさせ、それを銀行にとってリスクがない投資信託の販売や保険の窓口販売に向かわせることです。



 投資信託などは、リスクを取るのは個人であり、銀行は手数料をもらうだけですからノーリスクで稼げる商品。これからは個人の口座にある預金で投資信託などを買わせる大攻勢が始まるはずです。「預金していても金利がつきませんから投資信託へ」という誘い文句がマイナス金利の登場でさらにリアルになってきました。



 けれど、株も為替も不安定な状況であり、デフレはまだ続きそうなので、焦って投資などする必要は全くありません。



●マイナス金利で分かれる明と暗



 マイナス金利の登場で、株価の明暗ははっきり分かれました。不動産業など借り入れが多い業種は、金利が下がるとの予測から買われて大幅高になりました。一方、金融機関は損失が膨らむのではないかという懸念から売られて下がりました。



 その後、あまりに高騰しすぎたので不動産株は売られていますが、金利が一段と安くなったことで借り入れが大きい企業ほどメリットを享受できるという状況には変わりありません。



 また、同じく住宅などのローンがある人にとってもメリットです。既にローンを借りている人も、安い金利のローンに借り換えるとメリットが出てきます。例えば、同じ銀行で変動金利から低くなった固定金利に換えるというようなケースも有利でしょう。変動から固定、固定から固定に替える場合、多くの銀行が手数料無料もしくは低い手数料で簡単に対応してくれます。



 ローンそのものを借り換えるとなると、契約そのものをやり直すことになるため、印紙税や登録免許税、抵当権抹消のための費用や司法書士への支払いなどさまざまな費用が掛かります。しかしそれでも総返済額が減り、ローンの負担が少なくなりますから検討の余地はありでしょう。



 一方、心配なのは、年金など私たちのお金を大きく運用している機関です。私たちの年金積立金は、約4割を国内債券で運用しています。金利が低下すると、この国内債券の運用利回りが低下する可能性があります。年金積立金については、昨年の第2四半期に7兆8899兆円の損失を出しました。その後、株式での運用比率を上げたため、年初からの急激な株価の下落によってさらに10兆円以上の損失が出ているのではないかと推測されています。そんな中、さらに債券利回りの低下まで加わると、私たちの年金は一体どうなるのだろうと不安になります。



 債券で多額の運用をしているのは、年金積立金だけではありません。一般の銀行や保険会社だけでなく、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、共済なども国債で運用している比率が高いので、今までに比べて運用が厳しくなり、これが将来的に私たちのもらう給付金や配当などに影響を与える可能性もあります。



 昨年後半から、世界経済が不安定化しています。こうした中、多くの経営者は先行きに不安を感じているということが昨年末の日銀短観にもはっきりと出ています。そこへさらにマイナス金利という今まで経験したことがない事柄が出てきたことによって、ますます先が見えなくなってきたと感じる経営者が増えたことでしょう。そういう意味では、これから始まる春闘にも影響が出てきそうです。