18世紀初めに自然の美しさに目を向けて自然の風景そのものを生かすというイギリス独自の風景式庭園が生まれましたがそれまでのイギリスの庭園はフランス式庭園の影響を大きく受けていました。それには前回お話しましたイギリス内戦によりフランスに亡命していたチャールズ二世が大きく関わっています。

 

彼はフランス滞在中、ルイ14世が1661年から40年もかけて建てたヴェルサイユ宮殿とそのフランス式整形庭園に魅せられてしまい、王政復古によりイギリスに戻ると幾何学的で左右対称、人工的に植物を整形するフランス式庭園を全面的にイギリスに持ち込もうとします。実際ヴェルサイユ庭園の設計者ル・ノートルを呼び寄せて「自分のヴェルサイユ」を作ろうとしたそうですが、全ヨーロッパの庭園を支配する勢いだったノートルご本人は来てくれなかったらしいです。

 

イギリスの国王が魅せられたヴェルサイユ宮殿のお庭

 

 

 


もともとル・ノートルはルイ14世の財務官をしていた二コラ・フーケの自邸の庭を作ったのですがそれがあまりに美しいので国王は嫉妬して有能だった財務官を投獄して財産も没収し、ル・ノートルにはヴェルサイユ宮殿の庭園を作るようにと命じたのです。お庭への執念はすごいのですね!

 

こちらが国王の怒りをかってしまったフーケの豪華なヴィコント城と庭園です。

確かに美しい~!でもこのせいで終身獄中生活になってしまったなんて、気の毒ぐすん


ルイ14世はただ美しいだけではなく広大な庭に水をひき、おびただしい数の噴水や宮殿から放射線に延びる道や整形庭園による自然の支配などを通して王の権力と支配を見せつける庭園を完成させました。

 

この当時、チャールズ二世だけではなく亡命していたイギリス貴族はこの庭園に大いに感銘を受け、イギリスに帰るとこぞってフランス式の庭園を作らせました。それでイギリスの古い時代のお屋敷には今でもその名残が残っているというわけです。

 

17世紀のハムハウスにもそういったお庭が見られました。今でいうイギリス庭園は風景式またはコテッジガーデンを指すのでこういう幾何学的な刈込やデザインは明らかにフランス様式ですね。このカンナの花は14世紀頃のイタリアの庭園でも使われていたようなので継承していくお庭の歴史を感じます。

 

 

 

 

 

イギリスにも名残のあるフランス式庭園というのは14世紀のイタリアのルネッサンス式の傾斜のあるテラスガーデンから発展したものですから庭園の歴史というのもなかなか奥が深いですね。

 

このハムハウスのお庭から歩いてすぐのところにはテームズ川が流れていてその光景は英文学に出てくるようなとても優美な世界です。ボートの練習さえ絵になる美しさ〜ラブラブ

しばし川べりのベンチで水鳥たちをゆっくり眺めて過ごしました。


 


さてこのあとイギリス滞在最後のホテルに向かいます。
そこの駐車場では私にとってありがたい出会いが待っていました。
 
次回も是非お楽しみに〜!

 

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