実家に到着して幾日か経過した12月のある日、昼食を作って皆でいただき母が少し仮眠を取ると言うので私と夫は近所の散歩に出かけることにしました。

 

行先はもしかしたらまだ少し紅葉が残っているかも?というところへ。東山を背にして歩き、小さな橋を渡って小学校時代の友達の家の前を通って一本道をまっすぐ進みます。しばらく行くと、昔ながらのうっそうとした林になり、東山魁夷の描いた樹海そっくりの景色が広がっていて遠い昔の記憶通りの風景に安堵しました。

 

その辺りは宮内庁が管理する天皇陵があるのでこれからも昔のままかもしれません。私がまだ小さい頃、わが家に遠方からお客様が来られる度に、父はその道を通って泉涌寺や東福寺へと案内していたのでした。この道はいつか来た道。旅先で故郷の情景を重ねたという北原白秋の歌が思い出されます。

 

視点を心の内側に向かわせながら機械的に歩いていた私は夫の声で我に返りました。

「ほら、ここから京都タワーがよく見えるよ!」

 

もう少しで通り過ぎるところだったこんな光景。夫も知る私の京都タワー好きは、きっと小さい時からあちこちでその全容を眺めていたからなのでしょう。そう言えば家からバス停に降りていく道からも毎日きれいに見えていたんです。

 

 

 

 

しばらくして道が二手に分かれたところでどちらから行くか迷いました。まっすぐ行くと後で坂があり、左に曲がると先に坂があるけどどっちの勾配が緩いのか。最近は急な下りも要注意で。。股関節痛のせいでこんな決断に考え込む。結局左に折れて坂を上がりました。この道はお墓の横から境内の裏側に出ます。けっこう急で、この判断は失敗だったと後で判明…汗それでもここを訪ねて本当に良かったです。

 

紅葉は12月になっても待っていてくれました!

 

 

 

 

 

 

お堂でお参りしてから境内をゆっくりと散策

 

 

 

 

ここは弘法大師空海が唐の国で真言密教を会得し帰国後、823年に嵯峨天皇から東寺を委託されて真言密教の中心地とすべく力を注いていた頃に、天皇からの援助を受けて造営したという「今熊野観音寺」。阿弥陀カ峰の南に位置する豊かな自然環境も含めて、熊野権化や観音霊場に相応しいおごそかな雰囲気が感じられます。

 

夕日に照らされ、ひときわ鮮やかな紅葉にはっとしました。

 

 

 

 

ほぼピークなのに観光客が非常に少ないというのは驚きでした。奥まったところにあって少々行きにくいということもあるのかも。

 

 

 

 

 

左の方にちょこっと見えているのは弘法大師をお祀りしている大師堂です。

 

さて、訪ねる人に意外と見過ごされている古い歴史の遺構もここにはあります。本堂に向かって左側の境内の端っこにあるこちら。

 

 

 

 

創建時というのは812年頃とされていますから、かなり古いものなのに自然な状態で公開されているのが嬉しいところです。形状や赤い土がどことなく埴輪を連想させるような気がしますけど埴輪は7世紀ごろまで作られていたのですから、やはり素材はそれに近いのかもしれません。

 

 

 

 

風に吹かれて時おり石段に舞い落ちる紅葉を静かに眺めていました。同じように感動しても、平安時代の人とは違って素敵な和歌は浮かんでこない。。笑い泣き

 

和歌はともかく(笑)、いにしえの京都にしばしタイムスリップできる今熊野観音さん。秋はもちろんのこと、新緑の頃もお勧めです。

 

 

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写真を撮る時にはついアングルをじっくり考えてしまいます。そんな私を急がせることなく好きなものを見ながら待っていてくれる🐏さん(夫)には大感謝なのでした。今年は写真の腕も上げたいものですウインク