今日はとても簡単で、面白いテーマの記事です。笑

 

前回は、深いテーマでしたが、当店のブログの多くの読者は、逆に気持ちが加速するようです。笑 ありがとうございました。笑

 

kuのブログは、多様な感覚を多様なままにして、いろんな角度からいろいろ書いています。

 

今日は今の時代の中で、シフトしたいものの、どうしてもつまづいてしまいそうな事をテーマにしています。

 

出来るだけわかりやすくしてみます。

 

 

今の時代は段々に、各人の波動に応じて、緩やかになっていくことになるのです。

 

ですが、人によっては、周囲との関係で、合わせすぎちゃったり、逆にもう合わせられない自分がいたり、そのあたりの反応がはっきり分かれてきます。

 

まずは自己犠牲という悪魔の話からですww

 

やはり、この時代に波動があがりにくく、ネガティブで居続けるのであれば、そんな方は、環境の中で、いいなりになって動けなかったり、いいなりになって動かされたりしているはずです。

 

 

それは、周囲によって害されたのではなく、自分自身が投影するカルマの中で、いつまでも気が付かないで、今までと同じように、グルグル運命を回っているだけかもしれません。

 

もちろん、「 いやいや、自分はこれこれこういう事情で、こうなっているので、この自分の環境はとてもじゃないけど、変わらない・・・・」 という、決定的な自身が納得でき言い訳もっていたりします。

 

しかし、もしシフトしている人が見ると、それは その言い訳ではなく、根底に「 環境はかえられない・・・・ 」 という少し弱い波動を出している結果だったりするのです

 

 

そして、自己犠牲せざるを得ないような、自分の意志を決定させていくのです。

 

つまり、結論から言いますと、この目の前の自分の世界を自分が創っているとわからないから、自己犠牲してしまう・・・とも言えます。

 

いままでの、古い時代では、「 世界の中に自分という存在が奉仕する・・・・」 という感覚だったからです。

 

しかし、時代は逆なので、このようなマインドですと、増々重くなって行ったりします。

 

心地よさとは逆の引き寄せです。 

 

 

やればやるほど、もっと問題が出てきたり、やればやるほど、複雑になっていったり、やればやるほど、やらなければならない事が増えたりします。

 

今のような軽い波動の時代では、神としての自分は、いとも簡単に、苦しみを引き寄せたり、心地よさを逆に引き寄せたりできるからです。

 

ですから、どうしてこのように、自分が変われないのかといいますと、環境の中で自分が生きることに対して、恐くて、不安がベースになって、行動しているからです。

 

 

人に悪く思われたくないとか、みんなに迷惑がかかるとか、一見悪くない動機の自己犠牲的な行動でも、やはり、恐怖がベースになっているわけです。

 

「恐怖や不安というカルマをとっていけば、楽になりますよ」 なんて言ってもさっぱりわからないと思われます。

 

なぜなら、それが本人にとっては、「 自分の常識の世界観 」だからです。

 

それは、そのような観念持っている限り、それがどんどん実現してしまう時代に入っているので、観念が変わらない限り、どうにもなりません。

 

 

もし、解放という体験があったのなら、それはとても心地よい体験となり、その本人にも理解が進んできます。 

 

しかし、恐くて握りしめてしまっている場合、神である本人が目覚めないと、どうにもならないわけです。

 

ですから、世界の中で 自分が犠牲になっても、何かを手に入れようと 進んで行こうとしてしまうわけです。

 

逆に、今度は自己中心という天使の話です。

 

 

今度は、シフトしていく自分を許可している人達の場合は、解放も重ねて、どんどん軽くなっていきます。 

 

そしてその軽くなっていくがゆえに、いままで気にらならなかったような事が重く思えたりします。

 

つまり、だんだん無理したくなくなったり、ついついなんでも保留にしたくなったり、無理なものはやらない・・・・ というように、自己中心的になってきたりします。

 

これは、自分を大切にしてきているから、そうなるのです。

 

では、なぜシフトしてくると自分を大切にしょうとなって来るかわかりますか?

 

 

それは、無意識的にでも、自分が神だとわかって来ているからです。

 

感覚で、反射的に、自分を大切にしてしまうのです。 これは知識とか、その理解ではなく、あくまでも感覚でわかってくるからです。

 

本当の意味での自分を大切にするということは、神としての自分の目覚めなのです。

 

それがわかってないと、前者のように、 という 環境の中の主である神、仏、社長、雇い主・・たちのたに、自分というものを凡夫のように扱う、自分のままです。

 

 

特に、宗教では、神につくす弱く罪深い自分という 自分に対するサディスティックな扱いをしてしまうでしょう。

 

しかし、シフトして行き、なにもしていない自分や、楽になり過ぎた自分に対して、エゴはすかさず攻撃してきます。 

 

 「 このままでいいのか?  何かしなくていいのか? ダレすぎているのではないか? 」 などなどです。

 

これはまだ神としての自分に生きることに慣れてないので、そうなるだけです。

 

 

人によっては数年前まで、環境の中で自分を尽くそうと自己犠牲してきた人が、今度は逆方向に向かって、自分を大切にしていくわけですから、とうぜんエゴは口出しして来るわけです。笑

 

ハイヤーの声が聞こえない人でも、「 もう昔みたいに、無理は絶対できないし、 無理はあまりしなくてもなんとなくやっていける安心感がある・・・・ 」 という方向でマインドが固まっているはずなのです。

 

もっといえば、そこで悩まないで、「 もうちょっとだけ 自己中心になってもいいんだよ 」 くらいの、あと一歩前に出ていく あともうちょっと自己中 のような くらいで丁度いいかもしれません。

 

 

どうしても、自己卑下や自己犠牲しやすい人だった場合、自分自身を控えめに捉えやすいのです。

 

ですから、一割増くらいの感覚で、今以上にもうちょっと自己中でも丁度いいくらいなのです。ちょっと行き過ぎ・・・・くらいです。笑

 

シフトしてきた人の場合、ご自身の人生の流れの中で、目の前に起きて来る出来事には、「 勇気をもうちょっと前に出して何かするような出来事・・・・・」が来るはずです。 

 

それは脱皮するように、ひとつ上の向上するように 流れが来ているのです。

 

 

あなたにとって あと一歩がなかなか出せないかったりするとき、あと一歩の前進するような出来事があるとすれば、 ハイヤーや真なる自分が、「 あと少しだけ前に前進 」とアドバイスをくれているのかもしれません。

 

さらに、軽くなるためにwww 

 

悪魔から天使という全く逆に転換していくような この時代だからこそ、一粒で二度おいしい人生が展開できるのです。笑

 

 

 

 

7月8日から発売。 ku著 

増刷決定しました。

どうぞ。笑

 

 

とても消極的であることは エゴを抑えるww ↓

豊かさのエネルギー ↓

清らかなパワー ↓

低音のうねりw 強力パワー ↓

あっけからーんkuです。 ↓

真ん中あたりに出ているかも ↓

 

満員御礼です。 只今販売してません。

 

参考程度にHPです。