※ 6月19日(土)午前0時販売再開スタートします。
先日のkuラジオでは、家族とシフトしている自分自身との関わりについての内容でした。
娘も登場して、ku的にはちょっと面白かったです。
今日はそれに関連して、自分と周囲の人々、会社の同僚、会社の部下、友達、兄弟、親、伴侶、または子供など、この二元的なストーリーの中での接し方の話となります。
一般的に言って、このような人間関係というのは、スターシードにとっても普通の人にとっても問題として大きくかかわっていることが多いです。
高次な宇宙なら、みんなが繋がってますから、余計な気苦労はほとんどいらなかったりするわけです。
しかし、この地球ではそこを苦労させられるようなゲームなので熱中し易くなっているのかもしれません。笑
そんな中で、このラジオでku的な日常の一例としての接し方についてラジオは語ってます。
その内容は、まず自分が擦り切れて、すり減らして家族に尽くしていくのではなく、世の一般的なやり方とは逆に、まず自分自身が一番明るくなる。元気になる。
そしてその光によって周囲や家族を照らす。という言い方をしています。
それは、暗闇の中の一灯の光となる ということです。 その光があるからこそ部屋の中全体が見えて来る。これが希望の光となるわけです。
もし、自分が光っている事を否定して、自分も暗くなってしまうと、暗闇の中でみんながお互いに模索し合うような関係となり、自分もみんなも見えない中をさ迷うわけです。
するとどうなるでしょうか? その暗闇の中で、正しいもの、正しさのようなものを押し付け合う事になるのです。
人間はこの「 正しい 」 という言葉に弱いのです。 暗闇の中で正々堂々いきるためには、自分なりに安定した心で居たわいわけです。
それは自分も認められて、社会的にも良き事となるような指針です。 それが「 正しさ 」 なのです。
親でも、たとえば、子供に対して 「 おかあさん(私)、何か間違ったこと言っている? みんなこうしているでしょう。だからあなたの将来を考えてもこうしてほしいのよ。 あなたのためなのよ。」
といったように、世間一般的な正しさ、基準があって、親のほうも自分の親にそのような教育をされてきたので、自分にとって「 絶対正しい事 」を子供に押し付けてしまうのです。
兄弟においてもそうです。お互いの心の中にある「 自分なりの正しさ 」 のようなものがあり、それを一般的な基準に当てはめて、お互いに押し付け合ったりします。
弟 「 兄貴の考えは間違ている。おやじが生きていたらそんな事はしなかったはずだ 」
兄 「 いや、もう時代が違うんだよ弟よ。 昔ならおやじのやり方であってたが、今はもうそれじゃ通用しないよ。」
弟 「 そうかなあー。? 時代は関係なく、おやじのやり方でやるべきだと思う 」
兄 「 それは違う。それじゃ失敗しちまう。世間的にはこっちのやり方でやらないとうまくいかないんだ 」
などなど、弟と兄の話は、何がテーマかわかりませんが、言葉じりからすると、このような会話は日常的にあるはずです。
これが上司と部下や 自分と親なんかの会話でもです。
やはり、ひとりひとり人生が違いますから、自分の納得いくような 自分なりの正しさを持っています。
そして、その正しいと信じているものを人に感化するのではなく、身近過ぎる人なら身近過ぎる人にほど、「 押し付けすぎてしまう 」のです。
「 普通はこうだろ? 」 という各人の常識です。 笑
ただ問題なのは本当は一人一人が自分の持っている正しさが違うのです。笑
そして、正しさの相克が始まるのです。
その正しさからズレていたら納得しません。そして相手が正しさからズレていたら 相手に自分の正しさを押し付けていこうとしていきます。
これは身近過ぎる、親とか兄弟とか夫とか、子供など家族の場合には特に、小さな自分と相手の心のズレが気になって来るのです。 それは相手に興味があり過ぎるからです。
自分と同じ意見にしようと、必死になって そのズレを修正しようと、自分なりの正しさで反発してしまうのです。
しかし、そんな事をして、いくら自分の正しさを押し付けても、相手は動かないのです。人は変わらないのです。
「 おかしいな、なんでアイツ
とくに、その相手が、例えば、自分の身近な人や自分の子供がスターシードの場合、利かなかったりします。
聞いても頓珍漢になってしまって、見当違いの反応だったり、躾にならなかったりします。笑
ただ、子供が相手の場合は、子供がグラウンディングは出来るかもしれません。親に怒られてマインドが沈みますから。笑
しかし基本的には、周囲のひとたちに正しさを押し付けても何も変わらないのです。
それは、人間というのは、「 感情で動くからです 」。
正しさでも感情が動かされたら動くかもしれません。
しかし、生まれてから死ぬまで守らなければならないような正しさというものが日常に溢れすぎています。
コロナのマスクひとつにしても、することが正しさになりつつあるのでしょうか? 笑
つまり、正しさはわかっているのです。しかし人は感情で動くので、正しさを押し付けられると逆に反発してしまうのです。
押し付けられた人にとっても、その人自身の正しさをもっているので、反発し合うだけなのです。
だから、人類は最後は 「 戦争 」 という事で解決しようとしてきたわけです。
それが行くところまでいった最後の姿です。
宗教戦争なんかは、その最たるものなわけです。 正しさを押し付け合って戦争しているのです。
ですから、正しさを押し付けるのではなくて、どうするのか? それは その人の未来が明るくなることをイメージして、励ます言葉にするのです。 相手が幸せになる言葉を話すのです。
スピリチュアル的に言えば、光の言葉を相手に話すのです。 感謝もいいですし、愛情ある言葉でもいいですし、希望に満ちた言葉でもいいです。
自分が親だとして、子供に話すとしたら、信用している という態度です。 そして 未来を善きものとしてイメージして、その子が良くなっているイメージしながら、語るのです。
「 絶対良くなっているからね 」 「 絶対大丈夫だからね 」 などなどです。
「 あなたには可能性が沢山あるからね 」 などです。
しかし、それがテクニックでもって、なにか 自分の周囲を良くしようといった、何かの宗教の教義の実践のようになってはならないと思います。
そうではなくて、原点に返って、自分自身に本当に光が溢れてないと 言えないのです。
それは その周囲の人達から信頼されている必要があるのです。 信用されている必要があるのです。
その信用、信頼とはなんでしょうか? そうです。自分自身が本当に幸せに、本当に元気に、本当に嘘なく、エネルギーが高くなっている事なのです。
だからこそ、自分の周囲のその人達に、光を与えることができるのです。
その人たちの 良い部分、その人の内面の良い部分を語って、元気づけられるのです。
それは、自分自身をしっかりシフトさせ、シフトさせるために自分をしっかり見つめて来たからこそ、相手も見えるようになっているからです。
逆はありません。 相手が暗く見えるということは、自分自身の中にもまだそれがあるということです。 自分も弱い人間に見えるから、周囲の人も弱くみえるのです。
だから、被害者意識から抜けられなかったりもします。
そうではなく、自分自身の光を成長させて、元気いっぱいになって、その元気なマインド、明るいマインドでもって、周囲の人々の未来(幻想であっても)に対しても明るく見てあげる事ができるようになるのです。
そして、そんな光にあふれている自分自身から出る 一言によって、相手が変わっていったりします。
そんな影響ある人になるためにも、せっせとシフトされているのではないでしょうか? 笑
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