地震の時、揺れて結構たのしかったです。笑 ゲームの中のkuキャラは湯舟の中で揺れてました。笑いながらww kuに気にかけてメール頂いた方々には感謝です。笑

 

天変地異などはあまり気にし過ぎない方がいいです。 浄化の流れですから。笑

 

 

 

先日のkuラジオの18話は、雑談が多かったのですが、その関連で今日は少し砕けた話の記事にしていきます。

 

いつも大当たりのコメントありがとうございます。笑 

コメントでは、小屋が欲しいとか、小屋の話で盛り上がってました。

 

また、小屋の物件紹介してくれる人もいて、ありがとうございます。

富士山あたりの物件は良く存じ上げております。お気持ち感謝です。

 

東京の自宅と長野の行き来している生活です。

 

ですから、土地はあるんですが、瞑想の為の小屋という発想、つまり 自分だけの聖域という概念がなかったのです。

 

コメントにもありましたが、たまたまYOUTUBEを観ていたら、エハンデラヴィーさんの動画にあたりまして、その動画を観ていたら もの凄く面白かったのです。

 

その動画は、コメントされた方がおっしゃるように、エハンさんの聖域、あの小屋、二畳くらいのほんとうの小屋、瞑想の部屋に強烈にワクワクしたわけです。笑 大当たりです。

 

凄く面白かったのです。 ↓に貼っておきますので、よかったらどうぞ。

 

 

記事です。

 

これからのこの時代は、スターシードにとって、瞑想は苦手であっても、やられることをkuはお勧めします。

 

kuがお勧めするのは、マインドを静める瞑想なので、はっきり言って退屈です。

ですが、アセンションシフトの時には、それこそが本道かもです。

 

イメージングのような瞑想は初心の方にはいいのですが、やはりそれではないのです。

 

イメージングは結局、自我がやるので、自我が霊界に入っても、それでどうなるわけでもありません。 快楽の世界です。  

 

 

ですから、やはり 無我に入れるような、無我を誘発するような、つまり 自我を鎮静化するような瞑想が良いかと思います。 

 

否定するわけではありません。 その人のやり方があります。 ただ、チャネリングのような事をする人がいるとして、「 空 」 がわらないで、チャネリングって出来るんだろうか?

 

と疑問を持ちます。やはり、基本的なところは、押さえないと、進まないように思えます。

 

単なる霊卸しだと、エゴがもっと大きくなって、頭の中であばれて、錯乱するだけのように思えます。

 

 

そうではなく、思考や自我を鎮静化するようなものは、やはり王道と感じます。

 

ただ、いつも言うように、座って瞑想するだけが、瞑想ではなく、自分の得意な スタイルで何かしている事も瞑想です。

 

歩く散歩の瞑想でもいいし、ヨガをやりながら無思考になるのもいいし、絵画を描きながら集中しているのもいいです。 

 

自分なりに集中できるのも良い瞑想ではないかと思います。

 

 

大切なのはスタイルが好きな人は、スタイルに拘ればいいし、スタイルはどうでもいい場合は何をやってもOKなのです。

 

前にも書きましたが、人の集中力というのは、その集中を越えたところに瞑想となります。

 

つまり、緊張から緩和していくのです。 この意味は それを経験した人ならわかります。

 

集中の先は瞑想となっていたりします。 

 

だから、好きな事を集中することも瞑想なのです。

スタイルは関係ありません。 楽しめればいいと思います。

 

ただ、最後は「瞑想する人もいない・・・」 となれれば、いいんですが、その話題は今日は避けておきます。

 

 

ただ、この記事でお勧めしたいのは、このエハンさんの小屋の動画の中に出て来る言葉のように、「 自分なりの聖域を持つ 」 ということです。

 

この概念がkuにはありませんでした。 ですから、衝撃だったのです。

 

ただ、聖域はもってました。 東京の自宅では、自分の寝床の上です。 わずか40cm×60cmくらいのこの場所です。 ↓の写真です。笑

 

この写真では、左の黄色や赤の絵のようなものがヤントラです。瞑想でつかいます。

 

 

目覚まし時計は、瞑想時間が終わるとやさしく鳴ります。 そしてポンチョもあります。

これは、禅の座布団のようなものとして使っています。

 

そして1枚のラグマットがありますよね。

 

ここで足をくんで瞑想を10年ちかく、この場所でする癖がついているのです。 ここが言われてみれば、聖域です。

 

子ども達も ほぼ成人して、家から出ているので、部屋は何個が空いていますが、それでも自分にとっては、このラグマットの場所、40×60くらいの狭い部分で、座ってシフトしてきました。 笑

 

 

 

kuはプロとして、セッションさせてもらっています。ですから、聖域という言葉は使わなくても、しっかり浄化したりする場所がないとならないのです。

 

長野の山では、アーシング、瞑想、そして川では、ヒーリングで使う、水晶たちの浄化をしています。 ですから、この山での生活も、とても大事なのです。

 

そこにもってきて、エハンさんが、聖域の事を動画で語るので、凄くワクワクしたわけです。

 

 

2畳くらいでいいんです。 無執着で、電気もなく、座るだけの 部屋。それを土地に作ろうと思います。笑

 

禅では、 「寝て一畳 起きて半畳 」という言葉があります。 人生なんか 1畳あれば、済む、起きれば身体なんか半畳くらいのスペースだけでも暮らせる という無執着の意味です。

 

大金持ちだろうが、世界中とびまわろうが、結局、寝て1畳 起きて半畳 と言いたいわけです。

 

結局、いつでも、人間 死の準備が必要ということです。 死ぬわけではありませんが、いつでも無執着に生きられるような、 魂の洗濯場 のような ものがこの聖域という概念なのかもしれません。

 

 

あなたにとっての、ほんの少しのスペースでの 無執着になれる場所があれば、それはとても良いと思います。

 

自宅が狭いなら、ちょっと散歩して、いつもの図書館でも、体育館でも、静かで邪魔されない喫茶店でも、 たったひとりで、静かになれる場所、または魂が選択できる趣味・・・・ そんな聖域は大切な場所になのかもしれません。

 

形に拘る必要はないと思います。

 

瞑想好きの方なら、どこでも眼を瞑った場所こそ、聖域です。

 

 

あなたが、ゆったりと、こころ許せる時間と、ちっょとした場所があるといいですね。

 

今の時代は目の前のアクシデントに目を奪われ過ぎてしまいます。

 

自分の軸にもどるためにも、ご自身を大切にされてください。

 

もうすぐ、春ですから。のんびりさを楽しみましょう。笑

 

 

 

 

新動画です ↓ どうぞ。

松果体活性、ワーク↓

即、浄化 ↓

夜ねるまえにどうぞ。↓

あっけらかーんkuです。↓ すずけん放送局

真ん中あたりに出ているかも ↓

 

 

満員御礼です。 只今販売はしてません。

 

4月あたりに再販売するかもしれません。

 

参考程度にHPです。↓