スターシードにとって、「 この肉体を使って、シフトして自由になる・・・・」
こんなアセンションストーリーを経験すること自体、面白い経験なのかもしれません。
プレアデスにいた時代の肉体ならまだしも、これだけカルマを抱えた地球の肉体さえ、シフトして軽くしていき、肉体的なカルマの解放もしていき、軽くなっていく・・・・ です。笑
そんなストーリーの戯れ方です。笑
ただ、ここで言いたいのは、スターシードにとってこの地球で自由になっていく・・・ということは、ある意味「変な人になってもいいんだよ 」 という見方ができるのです
スターシードって、魂が宇宙人なんですよね。笑 だから、地球では、変な人なんですよ。笑
ですけど、今のいままで地球の中で生活していた時は、常識に合わせて、カタチに合わせて、こうするべき、こうあるべき、みんなの空気を壊してはいけない・・・
など、がんばりすぎて、散々周囲にあわせて来きたのです。笑
それは、この今までの地球での生き方を学習していただけであり、宇宙に帰ればあまり関係ないんです。
実はあまりスターシードにとっては意味ないのです。
もちろん、法律をやぶったり、ルール違反して迷惑かけたりはしたら、自分に返ってきますので、論外ですが、基本的に変な人と思われても関係ないのです。
ですが、この地球に暮らしていると、どうしても嫌われたくない、恥ずかしい思いはしたくない・・・・ という 地球独特の二元性の観念があって、動けなくなっていただけなのです。
宇宙人でいたときは、自由にやっていたので、地球に来て動かなくなっだだけです。
ですから、ワクワクという言葉もあまり衝撃がなかったりします。
長く地球に居た人にとってはワクワクは衝撃があるかもしれません。
あまりにも、細い道を綱渡りのように注意しながら進んできた人にとって、ワクワクして自由を獲得できるかもしれません。 あくまでもこの地球の中だけの事です。
ただ、スターシードは数十年前に地球に来る前は、自由にやりたい放題やっていたので、逆に縛られたり、制限かけられたりすることの方がとても難しかったりするのです。
統合より、グランディングの方、または分離の方が難しいと言った感じです。
なんでもかんでも、この地球では分離して事に当たらなくてはならないので、とても不便です。
簡単にシンプルに生きる というのは、そのくらいスターシードにとっては普通の事なのです。
だから、スターシードはシフトが速いのです。 あっという時間で、どんどんシフトされて行きます。
つまり、スターシードが真の意味で自由にシフトしていく・・・ということは、宇宙に居た時の感覚に戻って行く・・・・・ ということになりますから、普通の人では増々無くなってくるのです。
つまり、言葉は悪いですが、「 ちょっと変態チックになって来る・・・ 笑 」 とも言えます。
すると、やはり変な自分に気が付いて、地球の常識にもどそうとしてしまったりします。
ついついちょっと怖いからです。
すると、シフトしきれないスターシードはどうしたらいいかわからず、人生が揺れたままになります。どっちつかずかわからなくなるからです。
つまり、シフトして自由になると、変な事をしてしまうので、すぐ押し込めようとする。
また、シフトすると、気が緩んで ちょっと変わった事をしてしまうので、また常識で納めようとする・・・ この繰り返しをしてたりします。
だから、kuは自分がモデルとなって、宇宙人としての変態性をあらわにするのです。
それはロックンロールの宇宙語から ローランド記事、そして 反対は最近出したyotubeの宇宙マントラまで。
なんでも出して行きます。自分のイメージをよくしようとしたらこんなことしません。笑
波動が高いんだか、強いんだか、なんだかわからない という ポジションです。
それは、外側にいるので、そのような場所からも外れています。
ではなく、提案しているのです。 それを見てどう思うのか? どう感じたか?
そして恐怖無く行動できるか? です。恐怖をそこに持っていると行動できません。
良い感じならそれもいいです。 でも嫌な感じなら、それもありなんです。
人間的な感覚があまりないスターシードは、そこにあまりレッテルを付けなかったりします。
宇宙では、判断はあまりしてないので、慣れてなかったりします。
それはある意味統合している感覚が、スターシードに残っているからです。
ワンネスと言葉にするのは簡単です。 自分というものを完璧な神だとして、地球という惑星そのものだとします。
すると、地球という惑星の表面にには爬虫類から昆虫、綺麗な花から毒のあるキノコまであります。
どれが正しいのでしょうか? どれがいてはならないのでしょうか? それは誰が感じているのでしょうか?
すべてを好きにならなきゃならない ということではなく、嫌いなら嫌い、嫌悪なら嫌悪も 好きなら好き、そう、自分の中にある分離を発見していくことがシフトである という意味なのです。
すべての生き物に美もあれば、醜もあります。 美も醜もひとつとなって、豊かさをあらわしています。
すべてが在りて在るので、それはダメ、それは良い それは正しい、それは間違っている。
という狭い人類が創って来たプライドなんか、地球という大きなものの上にはないのです。
宇宙人が転生輪廻でつっかえてしまうのは、崇高なもの、綺麗で上品なものは正しい
という、地球独特の観念です。つまり、善とか悪にこだわって動けないのです。
当然、エゴの世界は醜いと思われるものが多いので心のどこかにユートピアの美をもとめてしまう気持ちはわかります。
しかし、その見方だけが自分の中で、正しいとなると、そこから苦しみが始まります。
なせならば、もう片方の醜いものを自分の中で見ないようにしてしまうと分離してしまうからです。
kuも今まで自分をこの狭い地球の中で、錯覚した分離社会の中に生きてきました。
でも結局は、宇宙人の魂なので、気が付けば、分離から統合に自然に行けるのです。
それは自由という名において、動いていけました。
極端から極端まで、いける。 体験していく自由です。
嫌悪から愛着まで、 この極端から極端の中に、すべての 自分自身がいるのが、投影した世界の真実だからです。
それにはシフトして、自由になっていくことです。 それには極端に、変な部分の自分でさえも、「 まあ、いいかあー 」 と 許してしまうことです。
大体大きなカルマを今解放している方は、「 自分の人間としての常識の崩壊 」か、「 身体の変容 」 か、「 執着していたものの手放し 」 かいずれかになっているかもです。
そして、その解放か終わると、もう、変な自分自身でも、それを受け入れて、表現できるようになっていきます。
この地球で、肉体を持ったまま、自由に自分を表現すること、こそ、この地球でやりたかったことなのです。
それは何か行動だけすることばかりではなく、あなた自身が輝くことです。
ちっょと変わっていても、それが個性として、堂々と地球でスターシードとして生きる。
生きれるようになることです。
もっと自由に、自分を解放していきましょう。笑 流れの中で。流れのままに。笑
満員御礼です。 只今販売はしてません。
参考程度にHPです。↓