これからの時代は、パラレルがどんどん広がって、いつまでも昭和の考えだと、きつくなってきますので、今日の記事は頭ほぐしのような記事になるかもです。笑

 

例えば、A と B と C と D があって、、「 どれが真実ですか・・・どれが本当のことなのですか??? 」 といった問いを今までの時代は散々やってきました。

 

学業の中でも歴史的検証していった結果、これが新真実だ みたいな、ことってよく聞きますよね? 笑   

 

というように、我々はこの真実ということを求めて、そして真実というのは一つという観念を持ちすぎてしまっているのです。 その根底にあるのは知ることの安心感の獲得です。

 

 

これは、エゴの社会ではよくあることですが、仮定、結果、証明となるように、客観的事実だけを真実として良しとしてきたからです。 そして教育も学習と言われるものも、すべて一つの言葉に集約されます。

 

その言葉は・・・・・・「 依存 」 です。 エゴは確実であるものを常にほしがり、自分が確実だと思えるものに依存していきます。

 

知識に依存しすぎて、それを頼りにしかしないし、目に見えないものを信じるには、科学的根拠がないと信じない という方も多くいます。

 

つねに、自分の頭の中の思考に依存している人です。 このような人は実は臆病になってしまってます。

 

エゴがカタチを作って、カタチの中だげて動いていると安心できる人なんです。

 

 

このような人々は、世界中で宗教者などに多く、自分は本当の教えをしっている。というエゴがまずあります。

 

よって、普通の人々を頭の上から軽蔑してます。

 

例えば、キリスト教徒の熱烈信者が数億いるとして、彼らはイスラム教徒やヒンズー教徒、

無神論者を頭の上から軽蔑してます。

 

こんどは、イスラム教徒は、アラー以外は神ではなく、ある意味他の宗教を排他してます。

 

このように、世界中の人々が、真実というのをふりかざして、活動しているのです。

なんの活動でしょうか?

 

 

エゴの活動です。 笑    このエゴというのは、恐怖と不安の塊なので、なにか真実らしきものに依存して、生きていきたいのです。 その真実らしきものというのは、多くの人が賛同すれば賛同するほど、真実ではないか? と考えます。 これがエゴの世界の中では信用と言われているものです。

 

面白いですよね?  でも証明できないんですよ。 なぜなら全部が正しいからです。笑

 

「そんなあやふやに世の中は出来ているの?」といわれそうですが、逆です、そのくらい自由にできているから全部の正しさまで包括しているのです。 

 

ですから、それが自分には正しいと信じたものが、現実化するだけです。

 

歴史的、客観的事実というのも、一生懸命に人間は自分のアイデンティティのように自分達の歴史にもアイデンティティをもたせようとして正しさを証明しようとするわけなんです。

 

 

証明しようと考えて行動してきたのが、ディセンションの時代であって、証明できないんですよ。なぜかというと全部が正しいからなんです。

 

1600年に関ヶ原の戦いがありました。 徳川家が勝っても負けても両方存在しているし、何千と言うパラレルがあり、すべて、真実なわけです。なぜなら、歩兵でも将軍でもみんな神ですから、神が神とつながって、あらゆる出来事のパターンを無意識下でつくっているのです。

 

ではなぜ、この幻想世界の常識では、ひとつの事実じゃないといけないのでしょうか? それはエゴが安心しないからです。

 

そして共通認識という、共通の事実ということをお互いにエゴ同士が持つことで、安心するのです。 

もともとエゴというは不安だから、自分の外側から情報をあつめなきゃいけないんです。

 

 

この幻想世界が成り立っていかないのです。てすから、いろいろあるパラレルアースの中の一つをとりあげて、それを正しいということにしてしまう ということが起きてくるのです。

 

これを「 依存 」 というのです。宗教なら宗教というのは、教祖だけではありません。後の弟子たちのエゴはしっかり教義をつくります。 アセンテッドマスターである人々の時代に教義はありません。

 

後々の人々が、教義をつくっていくのです。 この教義に 「 依存 」 がかかります。

つまり、教祖と、教義、と組織のルールに「 依存 」が始まるのです。 

 

そして、まんまと人々はレールに乗り始めるのです。 

 

そしてそのレールからズレる人を不常識な人とか、アウトサイダーとか不良とか、変人とかなど、レッテルを貼るのです。 

 

 

その国がキリスト教国なら、このキリスト教の、イエスと聖書と教会のルールに依存していきないと生きられない、不自由な世界に自分を置いて、死んでもその世界にいきます。

 

決して、自由な天国とは言えないかもしれません。笑

 

ですから、この正しさというのと、「 依存 」 というのは関連性があるのです。

 

つまり、エコ゛によって造られたン安心感をもつことが依存なんです。そのためには「正しさ」が必要なのです。

 

ほんとうに、ここに来られている方や、セッション受けた方は、「 なんとなく安心に、なんとなく安定して、根拠はないんだけど、のんびりいきています。。 」 という方が多いです。

 

 

それこそ、エゴの依存による偽物の安心感ではなく、根拠がないから本物なんです。

 

なぜなら、大いなる存在や、ハイヤーセルフに繋がっている自分は完全に、安全だし、自由だし、のんびりだし、ゆったりしてても大丈夫とわかっている、充分に有る世界だからです。

 

ですから、その世界を感じはじめると、根拠もないのに安心だったりしはじめて当然なんです。

 

保険じゃあるまいし、根拠がないから安心できないというのは、完全にエゴの世界の中の話です。 

 

そこから出られてません。 カタチを変えて、人生につぎからつぎへと不安な出来事がでてくるはずです。 

 

多くのグループ、または国家で、共通の正しさを持ち、どれだけ戦争が起きてきたでしょうか?

 

 

 

鬼畜米兵と、国民が固まった日本の戦前。 これが正しかったのか、間違ってたのか、それをまだ、議論する人達。 

 

この正しさのゲームというのは、人間はなかなか、手放したくないようで、天災でも起きるとやっと落ち着いて自分と向き合えるのかもしれません。

 

このエゴの社会は多くの人がより多く真実と信じたことが、現実になり、さらに真実感を深めて行けるようになっていたのです。 

 

ですけど、1600年に関ヶ原で徳川側が敗れたとする真実もあるし、それをもし信じる人がいてもそれはそれでありなんです。 

 

KUなんかが、目指しいてるのは、何が正しいとか正しくないとかではなく、解放なんです。つまり解放業なんです。

 

 

そういう凝り固まった自分自身を一旦壊して自由になるということなんです。

 

この正しさという考え方を持って居る人は、多くもっていれば、もっているほど、不自由でこれからの時代不幸になってしまいます。

 

お見合いの席があったとして、相手の男性が、食事中に眼鏡をテーブルに置いただけでも、

「 こんな不常識な人信じられない 」 また、「 デートの前に、行く場所を考えてこない男性なんて信じられない 」 とか、YOUTUBEで行っていた今婚活中の女性がいました。

 

もちろん、そんな波動出してますから、だれからも声はかかってませんで、本人は泣いてました。 しかし、正しさを越えて異常なくらい、相手に求めているわけです。条件を。

 

問題は、婚活すればなんとかなるのでもなく、行動すれば何かが変わるのではなく、自分の中にある、常識とか正しさとかを壊すことなんです。 

 

 

 

逆に、こわれて、やわらかくなっている人は、モテます。 それは男性陣はほっておきません。

男性陣は、家に帰って来た時、ホッとできる人を結婚相手に求めているはずです。

 

つまり、裁く人と一緒にいられないのです。 相手にとって完璧でないくてはならない人生なんてありえません。 

 

この例の女性も正しさの追求をしすぎたために、この幻想世界で理想のカタチを持ちすぎてしまったわけです。 これからもまず、上手く行きません。

 

ここに来られる方々の女性陣は、そうとう解放が進んでいるので、もっと寛容なはずです。

ですが、自分の周囲にもそのような女性がいた場合、よく観察してみてください。

 

自分なりの正しさを追求するあまり、自分で自分の墓穴をほっていきます。

 

これが、正しさ、真実の探求の罠なんです。

 

 

それをアナタが目のまえで見るということは、アナタの中にもまだそれがあるということなので、他人事ではなく、自分の中にも多少それがあるんだな という認識もたれるだけでOKです。笑

 

周りに、職場にそういう方がいるということは、アナタにとっては自分の内面の発見すべきそれがまだあるという、チャンスでしかないのです。

 

男性はこうあるべきだ、これはこうしなきゃならないべきだ、女性はこうあるべきだ、子供はこうなるべきだ・・・・・という観念ないですか? 

 

この観念どうおりにならないから幸せになれないわけです。 でも観念どおりになかなかなりません。

 

そうするとそこに不調和が生まれてくるわけです。不調和が生まれると苦しむわけです。苦しむから悩みが出てくるわけです。悩みがでるからカルマを作るからです。 きりがありません。笑

 

 

ある肉を食べてはならない戒律を持つ宗教の人を、からかう人がいて、食事のとき食事が終わると「 ○○の肉 入れといたから 」 と 言われた途端、心臓発作で亡くなった方がいたそうです。

 

こんなバカなことありますか? 笑

 

世界平和は何かの正しさを広めることでも押し付けることでもなく、寛容になっていくということです。赤でもいいんです。白でもいいんです。黄色でもいいんですよ。間違いはないんですよ。

 

宇宙に帰れば、簡単なことなのに、この地球という場所は、そんなことで、ゲームを続けていたりしています。笑

 

これだけ多くの種類のクルマが販売されてたりとか、これだけ多くの種類の衣服があったりとか、人それぞれの個性分の正しさや好みがあっていいんです。 それが自由なわけです。

 

その寛容なきもちを、ほぐさせるために、多くの災害とか天災などもおきて、キレイになっていくこともあるのかもしれません。魂を綺麗にするために、そのうなることは同意されてます。

 

だって、永遠の生命があるのですから。笑

 

 

 

 

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