3月22夜、盲腸切り取るため入院致しました。笑


盲腸は病気では無いので問題ないんですが、一週間くらい病院なので記事が書けません。笑


ご迷惑お掛けします。親もその親も盲腸取っており遺伝なのでしょうがないのですが、皆さんにご迷惑お掛けします。本当に申し訳ありません。


術後のベッドより。         ku





記事


これ好きなんですよねーサウナ。笑 ku的には。笑

 

簡単に手に入ってしまう、宇宙での暮らしとちがって、このじーーーっと堪えて、堪えて、手に入れたり、体験したり的な魅力って、地球でしか味わえないわけです。

 

よく、山の峠なんかを車で登っていくと、自転車族たちが、苦しそうに漕いで登ってます。

 

あの上りがあるからこそ、山の上から下降していくときは、爽やかな風に吹かれて快感があじわえるのかもしれません。

 

 

ルールはいつも、目標と努力の度合と達成感 と いった感じです。これがルールです。

 

学校へ行けば、学力向上の目標があり、教育理念みたいなのを掲げ、ある一定の水準までを目標にがんばっていた学校もたくさんありました。 

 

教育パパ、教育ママ など、血眼になって自分の子供の将来を心配して、教育の戦略を練って、人より先に抜きに出ることが、優秀なマインドとして理想とされました。

 

このように書いていても、今では相当の違和感あります。 みなさんもあるでしょう?

 

それは、みなさんが相当のスピードでシフトしてきたからです。

 

 

 

たとえば、仕事が忙しいといっても、スピードが求められるといっても、シフトしたままこなせます。それは、その一点に集中するのです。

 

それは「いまここ」の状態のまま、仕事に入るのです。

 

すると、もの凄くいい仕事もできます。

 

たとえば、禅寺に行くと不思議なことを言われます。 お坊さんでもベテランのお坊さん、新人の若いお坊さんがいたとして、どちらが食事の支度すると思われますか?

 

普通新人のお坊さんは修行の手始めとして、食事係、とか炊事とか、やりそうですが、禅宗はちがうんです。 ベテランが食事つくるのです。

 

 

それは、ベテランの方が「いまここ」に居られるから、手際と、食事の質がいいらしいのです。

 

つまり、食事をつくれるということは、悟りに近い人が作るのが禅寺の在り方らしいのです。

 

このように禅寺のおもしろいのは、目標とか達成とか、努力とかあるいみ逆かもしれません。

 

もちろん、悟りの方向を示す意味での修行はあると思いますが、努力したからといって悟りは得られません。

 

努力しているエゴが消えるから悟れるわけです。笑

 

 

ということは、この目標を設定して、努力して、達成する というシステムそのものがエゴ社会のルールなんです。 つまり、エゴの自己実現です。

 

でも、それが悪かったわけではなく、2012年以降、ルールが変わったのです。

 

だれが決めたルールではありません。みなさん一人一人人類全体が作った無意識のルールです。 「 もうーやーーーめたーーーー 」 こんなルールでしょうか?笑

 

自分に厳しく律するから自分を許していく・・・・ これの変革は大変だったと思います。

 

なにせ、自分を律することが出来る人こそ、優秀だったし、自分を許しい解放して行くなんて当時の人に話したら、「怠け者!!! 親はどういう教育させたんだ!! 」 と怒られて終わりです。笑

 

 

そんな中で、みなさんも「おかしい。。。」 「何かがおかしい」 と 何気に夜空を見上げていたのではないでしょうか?笑

 

この自分を許して、手放していくことこそ、自分が一番望んでいたのに、これだけの年数人生を生きてると、逆に今度は自分を律することが、やめられなくなってしまっている。

 

恐怖が根底に根付いている。といった感じだったはずです。

 

ですから、方向転換には時間が必要だったわけです。幻想世界ですから。

 

時間というのがどれだけ方便であるかよくわかりますよね。

 

でもようやくみなさんの中で、シフトすればするほど、もう元には戻りたくないという心境こそ、

これからの自分の人生の方向を示す、自分にとっての真実の証明にもなってます。

 

 

これからのみなさんには、さらに解放しつづけて、自分が楽になってに生きることの許可証をどんどん発行していくのではないでしょうか?

 

でも、まだ完全に肉体的にも社会的にも全体がシフトしきってない、ようなこの中途半端な時代ですと、目の前に起こる出来事が、サウナのような、一見厳しい現実があるように思われます。

 

これは、その人の現れ方にもよりますから、一概には言えませんが、どう見えるか? ということです。 その人がなんとなく、もう目の前の世界が幻想として少し見え始めている場合、シフトに使えます。

 

 

 

これはサウナに例えると、サウナは数十分入り、汗だくになったあと、水風呂にはいりますね?

その水風呂が強烈に天国なわけです。 ひきしまって。 あの高温のサウナから解放され感がたまらないわけです。

 

たとえば、今目の前に問題らしきものが現れたとします。 それがこの高波動の2017~2018にわたり、もう幻想と感じられ始めている場合の人の場合、 この悪い出来事は サウナのように楽しみになります。 

 

なぜなら、そのあとシフトが起こり、さらに軽やかなステージに上がれるからです。

 

もちろん、その最中はきついですよ。サウナですから。笑

 

 

 

でも、わかっているんです。これだけシフトしてくると、また来たかー と言った感じです。笑

 

 

でももし、この幻想をテレビに出てくるお騒がせな泣いてるタレントのように、ほんとうに現実だと思っている場合、シフトではなく、さらにカルマとなって、その場所から逃れられないでしょうーー。

 

それは、 心の硬さと関係があります。 

 

心が硬いということは、映し出す幻想もしっかり現実味がありすぎて、強烈な恐怖とともに、カルマの渦に呑まれて行きます。

 

心の硬さは恐怖と不安で硬くなっちゃったんでしょう。

 

 

 

まあ、ここに来られる方はほぼいません。こういう人は。笑

 

次のような人は、沢山います。スターシード自身が、大げさに映し出している場合です。

 

前回でもよく記事にしてますが、あまりにも転生がすくないんで、小さな傷でも、びっくりするんです。笑

 

友達から言われたことありませんか? 「 それって、たいした問題じゃないんじゃない? 」 なんて。。笑

 

スターシード本人は・・・「 えっ、普通そうなの? 」 と やたら普通にこだわるわけです。笑

 

普通にこだわる理由は、自分はなんか普通の人と感覚が違うことを知っているからです。笑

 

 

話を戻して、サウナをサウナとして、楽しい苦しみというか、そんな感じにご自分の解放と付き合えるようになってきたら、面白いです。

 

カルマの解放だなんて思えなかったら、火事があって閉じ込められて、湯気がでてるーーー笑

というように、地獄化します。ただのサウナなのに。笑

 

 

ここがアセンションのポイントです。自分のセッションなんかに来られる方はしっかり浄化されているか、浄化の好転反応にも耐えられる方が多いです。

 

ですから、Kuは楽なのです。感謝なのです。笑

 

 

やはり、サウナと思っている方が多いです。 これからまだ解放途中の方々にはこの余裕ある感じをつかんでもらえれば、もう楽に進んでいけるんです。

 

「ああー、この解放の苦しみが、あとになるとスッキリするんだろうなー 」 と余裕です。

 

ただ、最後にひとつだけポイントがあります。これを崩すと意味ないかもです。

 

それは、未来のために今を犠牲にするのは古い生き方ですよ。ということです。

 

これは、今日の記事のギリギリの勘違い犯すところです。

 

kuがいいたいのは、サウナに入っている最中でもしっかり「今」にあって体感するということです。

 

暑くなって来るのも「今」でたのしんで、汗が出てくる「今」も楽しんで、熱さの限界の「今」も楽しんで、サウナの扉を出た瞬間の冷ややかさも楽しんで、水の中に入って快感で楽しんでいる。

 

 

瞬間瞬間を楽しんで「今」にある といった感じです。 

 

最近、いよいよ解放が始まった方が、この記事を読んで、「そうなんだあー」と思っていただければ、そして力強くなっていただければ、うれしいです。

 

サウナは苦しいから水風呂が気持ちいいんですから。 さわやか~~~ 笑

 

 

あたらしい↘

これもあたらしい↘

おなじみの↘

初めての方なんかに↘ 笑