お正月だからといって、我が家には新年を寿ぐ空気はない。多少年越しと年明けにいつも食べないものが食卓に上がるというだけの事だ。


昔は正月といえば、我が家の一番暗い日である事が恒例だった。(それは過去記事を読んで頂きたい)


今や老親達はそれぞれの場所でTVを観ている。

静かな正月になっただけですごくましになった。


ちなみに私には弟がいるが、正月に帰ってきた事は一度もない。



前置きが長くなった。


この三が日、私は凹んでいた。


ちょっと自分と向き合っていた。


きっかけは大した事ではない。



1.唯一、年賀状をくれていた年上の友人が、今年で年賀状じまいをするという事


2.正月にはいつも来るピグ友(既婚男性)が今年はトークルームに来なかった事


3.時々ランチへ行く友人に映画を観に行かないかとLINEで冗談半分で誘ったら、既読無視された事




実に大した事ではない。



普段の日常で、いずれもそれ程接点のある人達ではない。むしろ日常では忘れているような人達だ。


普段なら、雑事に追われて心に留める事ではない、が、正月というある種の寿ぎの空気が私が実に孤独な生活を送っている事を際立たせてしまうのだった。

      



私は他人とは基本的にうまくいかない。


若い頃はずっと苦しみ悩んでいた。


なぜこんなに私は嫌われるのかと。


四半世紀付き合った友人とも決裂したし。



私は40ん才の誕生日に発達障害の宣告を受けた。


それは、ある意味、救いでもあった。



やっと私は諦めがついた。


親しく友人との付き合いをするとか、働くとか。


(働くとアスペのため人間関係を揉みくちゃにしてしまいいつも統合失調症が再発してしまうから)


自分の心の平穏を保つには、もう他人とリアルに強く関わり合いにならないというのが数年前に出した私の結論だった。


そして、その頃にちょうど介護が始まってしまった。


環境からも、私は家にいなければならない人になった。



日頃の介護がつらいと思う事はままあるけど、これからますますつらい事が増える事は想像できるけど、自分が選んだ事だ。

家にいると決めたのは私だから頑張るしか無いとは思う。



愚痴はこぼれ落ちるけれどもね。



でもやっぱり、孤独なんだな。もともと人を求めてきた人だから私は。


こんな細い人間との関わりが大事だったのだなと新ためて思った。


他人と距離を置くことは、寂しさに耐えなければならない事なんだなと、今更に思う。


どんなに細い糸でも本当は誰かと繋がっていたい…私はそういう人だったのだなあ…


でも、もう友達の作り方は忘れた。


そして経験上、私は他人とは上手くいかないアスペルガーだ。(アスペルガーにも個人差はある。友人がいるアスペルガーの人もいるだろう)




私は自分を守るために介護や家事をしているのだろうか?


他人と交わる事から逃げているだけか?


母を大事に思っていないのか?




だとしたら私はただのエゴイストで現実に立ち向かう勇気がないだけにすぎないクズ野郎だ。








そう改めて思った今年の正月だった。



追記



なんだか、冷静になって読み返すと、この記事は恥ずかしい。

アラカンのくせにまだ友達が、恋しいとかなんやら…。ガキかよ。


まだまだ修行がたりませんねえ(ため息)