1.事件の概要

「先発対後発医薬品の特許係争最前線(9)」では、慢性便秘症治療薬アミティーザ®(一般名:ルビプロストン)の延長登録の効力が後発品に及ぶかが争われた大阪地裁判決をご紹介しましたが、今回は、同じルビプロストンをめぐり、その医薬用途特許そのものの有効性が争われた事件を取り上げます。知財高裁は2026年(令和8年)6月23日、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求める請求を棄却しました(令和7年(行ケ)第10055号)。

対象となったのは、スキャンポ社(出願時)が保有していた「15-ケト-プロスタグランジン類を含む薬物誘発性便秘処置用組成物」に係る特許(特許第4332353号)です。後発企業である原告は、令和5年12月、請求項1~8について無効審判を請求しました。これに対し特許権者側は請求項2、3を削除する訂正を行い、特許庁は令和7年4月、訂正を認めた上で請求不成立の審決をしました。原告がその取消しを求めたのが本件です。

訂正後の中心となる請求項4は、有効成分を「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジフルオロ-プロスタグランジンE1」(以下「本件PGE1化合物」。ルビプロストンに相当)に限定し、用途を「オピオイド化合物または抗コリン作用薬による薬物誘発性便秘処置用」とする、医薬用途発明です。原告は、進歩性欠如・実施可能要件違反・サポート要件違反・明確性要件違反の四つを無効理由として争いました。

 

2.争点――主引用例との二つの相違点と「顕著な効果」

進歩性の判断では、主引用例(甲3)に記載された「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジフルオロ-PGE2メチルエステルを有効成分として含有する下剤」(甲3発明)との対比が中心となりました。両者には二つの相違点があります。相違点1は有効成分の化学構造、すなわち、甲3発明では5-6位の炭素結合が二重結合でカルボキシル基がメチルエステル化された「PGE2」体であるのに対し、本件は同部位が単結合で遊離酸の「PGE1」体である点です。相違点2は用途であり、甲3発明が一般的な「下剤」であるのに対し、本件は「薬物誘発性便秘処置用」に特定されている点です。

原告は、両化合物が同一発明者によるものであり構造的に近いこと、甲3には塩・エステル・遊離酸の相互変換を許容する記載や単結合体の合成チャートがあること、医薬有効成分として最適な形態を探索することは開発現場で当然に行われること等を挙げ、PGE2体からPGE1体への変換に動機付けがあると主張しました。また用途についても、下剤と薬物誘発性便秘処置薬には作用機序の関連性があると論じました。さらに、明細書の実施例が小腸の黒鉛マーカー移動のみを評価し排泄される糞便を直接評価していないこと等を理由に、「当業者が予測できない顕著な効果」は立証されていないとして、効果の認定も争いました。

 

3.裁判所の判断――審決を維持し、請求を棄却

知財高裁は、いずれの無効理由についても審決の判断を支持しました。相違点1については、甲3が好ましい態様として「5-6位の炭素結合が二重結合であること」(態様α)を挙げ、甲3発明化合物(被験薬8)が最も強いエンテロプーリング作用を示す優れた化合物として記載されていたことを重視しました。そうである以上、当業者には、あえて好ましい態様αの条件を外して二重結合を単結合に変換し、本件PGE1化合物へと至る積極的な動機は見いだせない、と判断しています。合成チャートの存在も、実際の製造例や薬理試験の裏付けがない以上、動機付けの根拠としては不十分であるとされました。

相違点2については、本件優先日当時、薬物誘発性便秘の処置には主として腸管運動亢進作用(甲3でいう(iii)の作用)を有する下剤が用いられていた一方、甲3はこの(iii)の作用を腹部不快感をもたらす好ましくないものとし、自らの化合物はこれを有さないか極めて軽微であるとしていました。したがって、甲3に接した当業者はむしろ薬物誘発性便秘への有効性が低いと予測するのであって、甲3発明の「下剤」をこの用途に転用する動機付けは認められない、と判断されています。効果の点でも、小腸の炭マーカー移動度のみで薬物誘発性便秘の改善を評価する手法が本件優先日当時に慣用的手法として確立していたこと(技術常識E)を認め、明細書の実施例から、オピオイドの鎮痛作用を損なうことなく薬物誘発性便秘を改善するという顕著な効果を当業者が理解できるとしました。サポート要件・実施可能要件・明確性要件の各主張も、実施例の試験設計が不適切であるという原告の前提を退けることで、いずれも理由がないとされています。

 

4.実務への指針

本判決は、医薬用途発明の進歩性判断における二つのポイントを改めて確認したものと言えます。

一つ目は、引用例が特定の構造や態様を「好ましいもの」として記載している場合、その好ましい態様から外れる方向への構造変換には、原則として動機付けが否定されやすいという点です。先発側(特許権者側)にとっては、引用例がどの構造を好ましいものとして挙げているかを丁寧に拾い、本件発明の構造がその好ましい態様から外れていることを示すことが、進歩性欠如の主張に対する有効な反論となります。逆に後発側の特許無効の主張においては、合成チャートや一般的な置換可能性の記載だけに頼るのではなく、そのような構造変換を当業者が行う動機付けを裏付ける具体的・積極的な記載や試験データを見つけ出し、証拠として提出できるかどうかが鍵になるでしょう。

二つ目は、医薬用途発明では、主引用例が示す作用機序と請求対象の用途との整合性が、相違点2(用途の容易想到性)と顕著な効果の双方の判断を左右するという点です。本件では、引用例が望ましくないとした作用機序こそが当該用途に有効とされていたという「ねじれ」が、動機付けの否定と効果の顕著性の双方を導く決め手となりました。本件は、先発企業が用途特許で製品を守ろうとする場合に、明細書に記載する作用機序と既存技術との違いを、出願の段階からどう位置づけておくかが重要であることを示す事例といえます。また、サポート要件をめぐっては、課題を「比較例との相対的な強さ」で捉えるべきだとする原告の主張が、課題の認定の段階で退けられており、医薬発明の課題設定とサポート要件の関係を考える上でも参考になります。