知らなかった | チョコミントの部屋

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昨日の大河ドラマの舞台は太宰府でした。


現在の政庁跡の背景に、当時あったであろう建物をイメージしたCGかな?が投影された様は在りし日を想像させるもので、今ここに住む ものとして感慨深く感じました。


セットの1部は太宰府天満宮の塀のようでもありました。


昨日の大河ドラマのメインストーリーは「 刀伊の入寇(といのにゅうこう)」


大陸から海賊が日本を攻めてきた時の話。


太宰府政庁に海賊が攻めて来ていることを太宰府政庁に知らせたのは壱岐の僧侶でした。


かなりの人が犠牲になったり拉致されたりしたと言っていました。


私の生まれ故郷が壱岐です。


だから、すごく気になりました。


元寇は知っているけど、 刀伊の入寇 は知りませんでした。


で、ネット検索してみました。


元寇は鎌倉時代。刀伊の入寇は平安時代。攻めてきた海賊の中心民族はちがうようです。


いずれも壱岐対馬の両島はかなりの被害だったようです。


 刀伊の入寇で壱岐の1部のエリアには40人弱しか残らなかったとか。

後に捕虜になった者のうち200人ほどは助けられて戻ったようです。そして鎌倉時代の元寇(2回)でも襲撃されています。島の人々はどれだけ怖かったことでしょうね。


私はこの生き残った人の子孫なのか?


福岡あたりから移り住んだ人の子孫なのか?


てっきり、壱岐にある原の辻遺跡( 魏志倭人伝に記載の 一支国)に住んでいた人々の子孫かと思っていたので、一気に自分のルーツがわからなくなりました(笑)


母方のおじいちゃんとか、ちょっと大陸寄りの顔だしな。


DNA鑑定とかしたらわかるのかな?しないけど…


刀伊の入寇後、日本は外敵の侵入に備えた準備をさせました。


で、博多には沢山の防壁があるそうです。


 この太宰府を守るための防壁もあります。普通に目にするこの防壁がそんな歴史的なもので、日本を守ったのかぁと改めて誇らしく思えました。


展示館みたいなのが 数年前にできたけどまだ行ってないので、今度行ってみようと思います。