先日職場のパートさんに電話があり、お子さんが 怪我をして病院に搬送されたと連絡がありました。
その時点でそれ以外の情報はありません。その後連絡をくれたお兄さんにもお母さんにも電話がつながりません。病院に電話しても個人情報はすぐには教えてくれません。
他のパート3人ですぐ行くように言ったのだけど、特殊な職場で、資格のある人が必ず1人いないといけないんです。
資格を持っている人に電話してすぐ来てもらうことになりました。
もう、代わりの人来るから行ったら?と言ったけど、彼女は代わりの人が来るまで待ってから行きました。
すばらしい責任感とプロ根性。
いつも笑顔でみんなに元気をくれる、とっても素敵な女性なんです。
祈るような気持ちで一晩すごして翌日職場に行くと、店長から、かなり重症だったと聞きました。自転車でどこかから転落したのだそうです。
車椅子生活になるかも…
つらい。
けど、命があってよかった。
こんな時交通事故で亡くなった姪を思い出し、ぜんそくで11歳で亡くなった友人のお子さんを思います。
ほんとに、ほんのちょっとのことで人は命を失う。
それが子どもならなおのこと危険はいっぱい!
子どもたちが20歳になった時、大きな怪我や病気をせずに育て上げるってなんて奇跡的なことだろうと思いました。
ある時期から、行ってきますと言われたら、子どもを信じて1人で行かせるしかない。親離れ、子離れしないといけない時期が来る。
特に男の子は落ち着きがなく、友だちとふざけると、車なんて見ちゃいない。
道に飛び出すこともあるかもしれない。
実際、高校生の頃には何回かひやりとすることがありました。
家を1人で出す時、いつも、もしかしたらがあるかもしれないと思いながら見送りました。
もしもの時うろたえないための準備です。実際もしもがあったら、やっぱりうろたえるけどね。
もしもがあっても命さえあれば私はこの子を育てると心に決めて過ごしました。
姪を亡くした姉が意識がなくても生きていてさえいてくれたらそれでいいと言いました。
脳死判定を受けてお義兄さんが、(充分頑張ったから)もういいやろう。
と言い、姪は旅立ちました。
あの時のこと、決して忘れられません。
だからね、私たちがこうして生きているのは奇跡の連続だってこと感じて欲しい。
命さえあれば、命さえあれば、
尊い。
私の職場の方も息子さんと乗り越えて幸せになって欲しい。
今はそれを願うだけです。
そして改めてまごたん2人の元気な成長を見守りたいと思います。