あの頃のアメリカ | チョコミントの部屋

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日々の出来事や感じたこと、おすすめ情報など綴っていきます。

今週の朝ドラは1993-94でした。


私は1992年に息子を産んで子育てに奮闘してた頃です。


私がアメリカにホームステイしたのは1985年。1ドルが¥240くらいの頃。


ホームステイの費用が40万、他にスーツケースを買ったりお小遣い等で合計70万くらいかかったかな。


成人式の振袖はいらないからと親に頼み込みました。

反対はありませんでした。

短大の英語科だったからね。スキルアップには必要だと思ってくれたと思います。


でも実はロサンゼルスのディズニーランドに行きたいのが1番の目的だったんですけどね。


そりゃあディズニーランドは夢の国でした。なんせ田舎の島で18まで過ごして福岡の短大に通って1年半ほどの私は遊園地と言えば、昨年末に閉園したかしいかえんしか行ったことありませんでした。

 

ハリウッドにも行きました。


ユニバーサルスタジオにも行きました。トラムと言われる屋根なしのバスみたいなのに 乗って園内を回ります。トラムにはガイドがいて説明して盛り上げてくれますが、ほとんどわかりませんでしたが、雰囲気だけでもすごく楽しめました。海の設定の場所では水中からジョーズが飛び出してきました。キングコングがいたりしました。


その年バック・トゥ・ザ・フューチャーが初上映されました。日本で上映される前にアメリカの映画館で見ました。


未熟な英会話力だったけど、映像のちからでほぼ内容は理解できて楽しみました。


ホームステイの2年後友だちと再びアメリカに行きました。やり残したことがいっぱいあったから。


ホームステイにはディズニーランドに行く以外何の目的もなく英語の勉強と思って行ったので行きたい場所もしたいこともありませんでした。


帰って来てからあれもこれもすればよかったと後悔しました。ファミリーにも再会したかったしね。


その頃には海外旅行もポピュラーになってきて、ボーナスで行けるくらいにはなっていました。


2回目ユニバーサルスタジオに行った時には入口にデロリアンが飾られていてテンションが上がりました。


写真が古い(笑) 左端が私でございます。

あの頃デジカメや携帯電話
があったならもっといっぱい写真が撮れたのにと思います。

そもそも、私がディズニーランドに憧れたのはね、中学時代から好きだったさだまさしさんがディズニーランドの楽しさを語っていたから。

だから今の朝ドラがその時代の話でしかもさだまさしさんがキーパーソンとして出演されたこと、自分のことのように感じています。

私の人生において、このホームステイはほんとに大切な経験でした。

朝ドラのストーリーとは違うけど、時代背景、英語との関わり、その後日本に外国人がたくさんやってきて、多少なりともこの経験が活かせる時代があったこと、これからひなたちゃんが英語を習得して職場で活かすシーンと重なると思います。

今はコロナで留学生が減っていますが、いずれなんらかの形で留学生と関われるチャンスがあればいいなと思っています。


 ディズニーランド
ホストファミリーの長男エリック(当時13歳)と。このツアーにはファミリーでエリックだけが同行してました。

若い頃ミスコンを荒らしたマミーとポストオフィス勤めのダディ。マミーは当時35歳。人生で1番色黒の私。別人でした。

ダディはかなり前に癌で亡くなりました。亡くなる少し前に電話で会話しました。声に力がなくて悲しかったのを覚えています。

マミーは何度か手術しつつ健在で昨年再婚しました。

今はFacebookでお互いの近況を知る関係です。

英語はあれからほとんど使わないのでさっぱり上達せずFacebookの内容は半分もわかりませんけどね。私も日本語でFacebookをアップしてるので、マミーも写真で想像してくれてるかな。

いつかあの時の感謝の気持ちを伝えたいと思うのだけどできそうもないな。

ひまだし、勉強しようかしら…
(言うだけでやらないかな😅すみません💦)