最近は公表してもそんなに大きな話題にはならなくなりましたが、志村さんや岡江さんが亡くなった頃はまだこのウィルスが何者かわからずにかなりの衝撃を受けました。
玄関に遺骨を置かれ、それを抱きしめるように抱えて自宅に入られる大和田獏さんの姿を切なく拝見しました。
志村さんは居酒屋とか行かれるからな~と思ったけど、岡江さんは癌治療で免疫力が落ちてたと聞いて、手術直後の私は気をつけねばと強く思いました。
でも福岡ではまだ数人だったのでどこか遠いことのように思えました。
福岡の都市部では増えていきましたが、わが町では、1人、2人。
なかなか100人にもなりません。接客業でもそんなに不安もなく復帰しました。
手洗い、アルコール、マスク、基本の感染対策はしっかり身についていました。
なのにかかってしまった。
急変して死ぬかもなので、姉兄と子どもたちには伝えました。あと、職場の人。
でもすでにある程度の知識は広まっていたので、誰にも責められず、むしろ心配してくれました。
パパは濃厚接触者で会社を休みましたが、最初は会社でも1部の人しか知りませんでしたが、パパが陰性で自宅待機期間も終わったら、少しずつ噂がまわり、ちょこちょこ親しいスタッフさんからは奥さん大丈夫?と声をかけられたみたいです。
でもやはり誰からも嫌な顔はされず、親しいスタッフさんは私がくも膜下出血で倒れたことも知っているので、免疫力が下がっていたのかねぇ?と心配してくれたみたい。ありがたいです。
でもやっぱり身近に感染した人がいるのを不安に思う人がいるとは思うので、同じマンションの人とかには公表していません。保健所から迎えに来たワゴン車に乗る時に1台マンションの住人の方のワゴン車が駐車場に入ったので見られたかもですが、今のところ誰からも指摘はありません。
私も、退所後しばらくしてからスーツケースを持って帰って来られているマンションの方を見てホテル療養から帰って来られたのかな?と思いましたがこれは判断できません。
去年の今頃ならマンションにも保健所から防護服を着た人が消毒に来たのかな?
ちなみに今は特に保健所から消毒の指示はありませんでした。
でもパパが陰性だったからうつしてはいけないとあちこちアルコールをふったり、除菌のファブリーズをふったりしました。歯磨きの後もアルコールを振りまきました。食器用スポンジも別にするとか考えられるだけのことはしました。
去年だったらもうこのマンションには住めなくなったかも😵
職場に復帰した後も私と被っていた方にはあいさつしましたが、他の人には伝わっているかもわからないので、特に何も言いませんでした。
公表することで、感染の体験を伝えて何かのお役に立てればとは思うのですが、持病があって、とても慎重にすごしている友だちにはまだ言っていません。
もうしばらくはナイショかな。