今日は父の命日です。
亡くなってまる八年になります。
よくドラマでは亡くなる前に一人一人にありがとうとか言葉をかけてコトリと亡くなったりしますが、現実にはなかなかそんなにはいかないのだなと思いました。
父が亡くなる前、一度呼び出されて駆け付けた時には容態が落ち着き一旦自宅にもどりました。
でもまたしばらくすると呼び出しが…
島に帰るには一日に何便かしか船が通わないので、父の最期にそばにいたかった私は容態が変わればすぐに連絡をくれるようにいつもたのんでいました。
主人に子どもたちを頼んで私一人帰りました。
まだ父に意識はありましたが酸素マスクをしていたので会話はできません。
意識のあるうちに感謝の気持ちを伝えたい。でも伝えたら、父に死期が近づいていることを悟られそうで言えない。もちろん回復するならして欲しい。
多分父の方も今話してしまったら生きる気力がなくなると思っていたのではないでしょうか?
父はベッドに横になっているうちに意識がなくなり、それは体につけられた心拍や血圧を計る器械の数値によって判明しました。
その頃船で向かっていた兄と私の主人と子どもたちが到着するまでの延命措置をするかどうか迷いましたが、長年の闘病を思うと父にこれ以上の無理をさせたくないというのがみんなの総意で、無理な延命はせず、父のそばで兄たちの到着を待ちました。
そして兄の到着を待たずに父は静かに息をひきとりました。
出産も一人一人違うように最期も一人一人違うのでしょうが、ドラマのような最期はなかなかないと思うのは私だけかな?