第24話
ん?ちょっと待てよ?!
「今晩は無理でも明日の泊まりはこっちにしたら。ちょっとは安く済むんじゃないか?!」
オレは言って、フロントに行先を変更する。
できるかどうかの問い合わせをするためだ。
―――その時。
何の部屋だか分からないが、会議室?みたいなところのドアの隙間から、知ってる匂いがした。香水の匂いだ。バラなのかな?ある人もそんな感じだった気が…。
「ディール、入ろう」
言ったのはランセット。
顔がにんまりしている。
ランセットとトニーのMAを使えば、知ってる人が中にいれば分かっちゃうか!
「一人?」
ちょっと潜めた声でオレはきく。
ランセットはこくっと頷く。
知らない人との大事な話し合い中とかだったら気まずくなっちゃうけど、今は声かけてもいいタイミングのようだ。
ドアを開き、オレは中の人を確認し、明るく声をかけた。
「フィリス先生!」
研究所の時と同じく白衣を纏い、フィリス先生は何かを抱きかかえていた。
いつもと変わらぬ鋭い目つきだが、その目からは涙が流れていた。
モロに声をかけちゃいけないタイミングだった!!
雰囲気から、誰も言葉を掛けられないでいる。
―――なぜ?
フィリス先生は唇を噛み、そこからは一筋の血が流れていた。
視線を移すと、抱きかかえたものは黒っぽく、枯れた木のようなもので…大きさは幼児ぐらいだと思う。
?
「……まさか、それ…」
オレには心当たりがあった。
他の3人は気付いていないようだ。
「マインドなんですよね…」
『えっ?!』
フィリス先生は怒りを堪えた口調で静かに語った。
「そうよ…間違いないわ」
静かにそれを机の上に置いた。他にもいくつかそれらしき塊が置いてある。
それぞれに、発見場所や状況などのメモらしきものもあった。
「信じられない…何で、こんなことに…?!」
リカは周囲を見渡し、信じられないという感じでいる。
「それを調べるために、私が呼ばれたの。このコたちがみんなマインドだとはっきり分かったのはついさっきなの」
フィリス先生は壁にもたれかかった。
「ほんとに…そうなの?オイラ、マインドだって言われても…そうは見えないんだけど…」
ランセットはトニーを抱きかかえて、ホラ?という感じでフィリス先生に見せた。
確かに、死体なんだろうけど、明らかに姿形がかけ離れすぎている。
まるで…人間とミイラのように。
すると、背後に人の気配がした。
「!」
振り返ると、ビルドさんと…あと3人、年齢がちょっと上のおじさんたちがいた。全員胸にプレートをしているので、協会の偉い人たちなんだろう。
「君たち、何でここに?」
知らないおじさんの一人が口を開く。
何でって言われると…いるべきじゃないのは分かるんだけど…
「課長、彼らもマインドマスターの一人なんですから、いてもらっても構わないでしょう?」
ビルドさんがフォローしてくれた。
「私の知り合いなんです」
静かな声でフィリス先生も言ってくれた。
「そう…だね。とにかくフィリス先生、それがマインドだということで間違いないんですね?」
課長と言われたおじさんたち4人は、もっと近くに寄りフィリス先生に問いただす。
「おそらく…だけど。先日のメリグロウォスでの襲撃事件が関係していると思うわ。あの場で犠牲になったマインドマスターたち。全員生きてはいるけど意識不明な状態で発見されて―――」
「速報で、先ほど何人かはそのまま息を引き取ったそうだ」
知らないおじさんが言葉を続けた。
……確か、ルナ君はこう言ってた。『全員死んでいる』と…。
俄には信じがたかったが、その言葉が現実味を帯びてきた。
「そう…ね。おそらく、全員助からないかもしれないわ」
フィリス先生は視線を少し落としたが、落ち着いていた。
「何らかの方法で、精神エネルギーを極限まで奪われている。生物は、物理的―――つまり、肉体の生命力と。精神的―――心の生命力・魂の力とも表現できるのかしら?その二つの力があって命を維持できているの。肉体の力が残っていても、心の力がゼロになると当然、死に至るわ。脳死の状態に似ているわね…。」
「それとこのマインドがどう関係してるってんだよ?!」
レッダーが声を上げる。
オレだって分からない。
だが、フィリス先生はそのまま話を続ける。
「ところで、スカイブルータワーではマスターたちのマインドが一体も見つからなかった。単に殺したりすれば亡骸が残ってしまうのにね?だから―――連れて行かれた。そう見ることが出来る。ディール君たちの邪魔が入って、奴等は撤退した。その後、連れ去ったマインドからも精神エネルギーを極限まで奪ってしまっていたら……どうかしら?」
息を呑む。
考えたくもない。
「奴等は単に殺すことを選ばなかった。だから、奪ったと見るべきね。何らかの目的があって、大量の精神エネルギーを必要としている。人やマインドを殺してでも。MA等でエネルギーを大幅に失ったマインドは通常、マスターからエネルギーを分けてもらったり、ある程度休んで時間が経てば回復する。しかし、死に至らしめるのも厭わない非道な手段を使って強制的に搾取されてる。それらは精神エネルギーがベースであるマインドたちの身体に変化を齎した…」
「まさか―――それが……」
リカが呆然と呟く。オレも覚悟しなければならない。
「精神エネルギーの枯渇した状態はまず、マインド自身の理性を失わせた。マスターと離れ離れになり、ただ……戻りたい、と願っていたんじゃないかと思うの…。また会いたい。生き延びたい。近づく死が苦しい。大きな負の感情は暴走し、それがボディを異形なモンスターとも言うべきものへと再形成させた。再形成なんて、通常はあり得ない。人為的に極限まで枯渇させられた異常な状態も作用しているはず。でも―――どの道、こうなってしまっては遅かれ早かれ死ぬしか…なかった…の…よ…」
泣いていた。
フィリス先生も。
「オレたちを襲ってきたのは…また大好きな…マスターに会う…ために…生き……て…うっ……」
「ミユ……」
オレは言葉が続けられなかった。
「オイラたちの…通常の人より大きな精神エネルギーを持ってるマスターのエネルギーを奪おうとして、本能的に襲ってきたってこと…になるのかなぁ…」
ランセットもそこまで言われると、気付いたようだった。
あいつらが悪いんじゃない…
「なぁ!!殺すしか…手はなかったのかよ!俺たちの力を分けてあげられれば…」
「無理よ!…心が死んでしまった状態に栄養を送ったって、ただ肉体の生命活動を少し長引かせられるだけ!!脳が死んでしまった人に記憶や感情が戻らないように…もう心は戻らないっ!それに……無理にこんな異形な姿にまで変貌させて…肉体もそう長く持たせられなかったはずよ!」
フィリス先生は誰よりマインドを愛している。そして、その道の研究者として権威だ。
だから、本当は誰より辛いはずだ…。
「フィリス先生、ありがとうございました―――」
センターの偉そうなおじさんの一人が、深々と頭を下げた。
「続きは―――少し落ち着いてからにしましょう。まず、マインドたちの亡骸の埋葬を決めなければいけませんな。それと……他支部への連絡とマスターたちへの情報の伝達も…情報系統はアーガス君、埋葬はブレス君。ビルド君は明日の研修に不備がないように確認をして」
『はい』
返事をして、それぞれ切り替えて行動を始めた。
「ライバー…」
「ミユ…」
オレは、ライバーを思い切り抱き締めた。
大切なものを確かめるように。
お互い、生きているということを強く確かめ合うように。
ただ、強く抱き締めたかった……
落ち着いて周りに視線を移すと、みんなそれぞれのマインドを抱き締めていた。
誰にも、奪わせない。
その為にも、オレは強くなりたい―――心からそう思った。
ルナ君。
どうして知っていたのか…
また会って、話がしたい。
