第26話
少しだけ早く起きた。
サエラ3日目、研修は2日目。
研修は10時開始だし、協会まで宿からは歩いて行ける距離。
今は7時。
海の水面が朝日を反射し、キラキラと輝いている。
ビーチにはほとんどひと気はない。日中は熱いが、朝は少しひんやりしてて、思い切り深呼吸すると気持ちが良かった。頭も冴えてる。
「ライバー、行こう」
「ミユ!」
砂浜をゆっくり歩く。
ランセットとレッダーはまだ寝てると思う。
こっそり修行に―――とかじゃない。
ただ、散歩したかっただけ。ライバーと。
「そこ、ビンの割れた破片あるから、気を付けろよ」
ピョンとジャンプし、躱すライバー。
ドラゴンだけど、ほんとのウサギみたいだった。
「いつもみんなと一緒だったから、たまには二人きりもいいだろ?」
ライバーはうんうん頷いた。
言葉が分かる。言葉だけじゃない。マインドは心も通じ合う。
少しビーチを歩いた後は、自販機でジュースを買った。
甘いオレンジジュースにした。
「ライバー、先いいよ」
ライバーにボトルを渡して、飲ませてあげた。
「ミユミユ!」
「へへっ、おいしかった?」
オレはボトルをライバーから受け取り、残りのジュースを飲んだ。
マインドの物理的な摂取は水分補給のみで、あとはマスターの精神エネルギーを糧とする。
肉や魚をバクバク食べなきゃ活動できない肉食動物とかじゃない。
最初は水だけかと思いきや、昨日の研修でポタージュスープとかでもOKだと聴いた。
ほとんどしないらしいけど……カスはうんちとして排泄もできるらしい。
おしっこは毎日する。
静かにベンチに座り、オレは朝の海を眺めた。
見慣れない風景に、オレは何か熱く感動するものを憶えた。
「オレは…ライバーを護りたい…絶対に」
誰かに言うわけでもなく、オレは呟いた。
「ディールさんとライバーさんは、強い絆で結ばれてるんですね」
「?!」
突然、背後から聞き覚えのある少年の声が聴こえた。
はっとして振り返ると、ルナ君が一人で佇んでいた。
「ルナ君!!」
ルナ君は隣のベンチに座った。
聴きたいことはあった。でも―――あの夜のことは夢で、オレの勘違いかもしれない。
だから…
「僕もこの風景、何かを感じるんです」
話しかけづらい中、口を開いたのはルナ君だった。
「朝は生まれて…昼になり。そして死んで夜が来る。僕は何の為に生まれて、何になろうとしているのか…そう考えてしまうんです」
「そんなの、当たり前じゃないか」
オレは少し笑った。
「答えを見つける為に生きているんだよ、みんな。生まれてくる前から理由があって、何になるか決まっていたら、生きる楽しみがないじゃないかな?」
ルナ君はじっとオレの瞳を見つめて、そして少し視線を外す。
「僕には…これからなろうとするものを選ぶ権利はないんです」
「どういうこと?ルナ君のなるものって何?」
隣に座っていたライバーはオレの膝に飛び乗って、一瞬姿が輝いた後、消えた。
そしてオレは身体の底から湧き上がる力を感じた。
リュニオンだ。
「ライバー…?」
意味が分からなかった。ライバーの方から一方的にリュニオン状態にさせられたのはこれが初めてだったから。
「怖がってるんですよ。僕を」
ルナ君は敵意を見せることもなく、どちらかというと少し寂しそうな表情だった。
「ああ、まだそんなに会ってないし。ライバーも人見知りしちゃうんだね」
「そうじゃないんですけどね…」
ルナ君は少し苦笑いした。
「そう言えばさ、ルナ君はサエラで何をしているの?お姉さんと一緒に何かすることがあって来てるんでしょ?」
電車の中でのことをオレは思い出して言った。
「僕は何も―――何かをしようとしているのは彼女たちです」
彼女―――?身内の人じゃないってことかな?
しかも、何人かいるのか。
「僕はただ、食事をして生きるだけの存在。意味なんてないんですよ」
そう言ってやっぱり悲しげな表情になった。
この年頃、そう思うこともあるよな。オレはじっと海を見つめた。
「でもそうして生きているのは、きっとこれから何かをするためなんだよ。だから、何も焦ることはないんじゃないか?オレだって、マインドマスターになってバトル大会とか出てみたいなんて思いながらもサッカー好きだからサッカーに関する仕事やりたいな~とか考えたり。オレもルナ君もまだ10代なんだから、これから少しずつ探して―――」
言いながらルナ君の方を振り向いたら、そこにはルナ君の姿はなかった。
……あの晩の時のように。
意識ははっきりしている。
冷たい汗はしばらく止まらなかった。
敵とか悪いやつとかじゃないけど……何か重要なポジションにいるような気がした。
――――――ディール…ボク、怖い…
頭の中に流れ込んできた意識。ライバーの声だ。
「ライバー。大丈夫、きっといい子だと思うんだ…」
宿に戻り、ランセットとレッダーと共に朝ごはんを食べて、その日の研修に出掛けた。
ルナ君のことは―――何て言ったらいいか分からなくて、とりあえず黙っておくことにした。オレは――――――元気に笑うルナ君を見たい。
2日目の研修は1日目と同じように、講義の後に実戦という形式だった。
マインドのMAの属性とかリュニオン状態の運動能力の変化とか。
色々謎の公式とか教わりながら、とにかく一つ一つをなんとか頭に詰め込んでいく作業。
思い出すと頭が痛くなるので、オレは詳細を語らない。
マインドマスターのライセンス試験自体がかなり難関だったからか、多分他の受講者もそれなりに頭のキレる人たちばかりなんだろう。これが学校の授業だったら大半が死んでると思う。まあ、オレもかなり頭痛くなったんだけど。
ランセットは…というよりトニーがしっかりついてきてた。
レッダーは諦めてるのか何なのかよく分からなかった。
リカは意外と頭は良かった。
そんな2日目の午後の休憩時間、オレたちの元へフィリス先生が顔を出した。
「……ったく、あなたたちの行動力には呆れてしまうわね」
そう言ったのはフィリス先生。
サエラ協会から事件の一部解明の依頼を受けて来てくれた、この分野の研究者の中ではかなりすごい人みたいだった。
「でもまあ。やっぱり研修受けずに―――ってのが気持ち良くないのは分かるんだけどね」
説教かと思いきや、表情に少しだけ笑みがあった。
「私はもう少しここで調べたいこともあるし、一連の事件のレポート出さなきゃいけないから。あまり構ってあげられないけど…頑張ってね」
リュニオン状態の持続時間を延ばす訓練とかやってバテバテのオレたち。
2日目の日程が終わり、オレたち…今回の受講者は全員ビルドさんに案内されて、協会の敷地内にある小高い丘の上に来た。
石で出来たプレートが置かれている。
マインドたちの……お墓。
「やってなきゃ、こっちがやられてた。仕方ねぇじゃねえか」
「誰がこんな酷いことを…私のマインドもいつかこうなってしまうの?」
「こんなことした奴等は捕まってないんだろ?俺たちも危ないんじゃないか?」
他の受講者が色々なことを言っている―――
どの言葉も気に留まらなかった。どうでも良かった。
オレは静かに、黙祷した。
帰り道。
夕焼けが空も海も。全てを赤く染める。
懐かしく、美しく心に焼き付いた。
オレとランセットとレッダーは、宿へ向かって歩いた。
他の変な受講者の悪口とか言ったり、講師の先生をバカにしたりしながら。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおっ!!」
急に、怪物の叫び声が道脇から聴こえてきた。
聴こえると同時に、ほぼ無意識にオレたちはリュニオン状態になった。
ざざっ!
クジャクに色々足したような未知の怪物が道脇から飛び出してきた。
すごい速さ!しかし、オレたちは身体能力の強化に全てを注ぎ、それを遥かに凌ぐ速さで回避した。
ランセットは右手の指を二本相手に向け、思念波を送る。
レッダーは足に力を纏わせ、回し蹴りで相手の腹に一撃を与える。
しかし、相手の吐き出した緑色の液体がレッダーに降りかかった。
