第18話
車窓から広がる、明るく濃いロイヤルブルーの空。
森や草原・よく知らない街をいくつも通り過ぎながらオレたちは特別快速の電車でサエラへと向かう。とにかく早く、停車駅も少ない。しかも平日朝でリゾート地行きなのでかなり空いてる。この上ない快感だ。
「がーごーがーごー」
ランセットは予想通りの爆睡ぶりだ。
「ったく、なんでこんなに寝てんねん?!」
そう言ったのはランセットのマインド・トニー。自称黒猫。
「レポート書いたの半分以上わいなんやて?!」
「ぶべばっ?!」
レッダーの噴き出したコーラは、オレの顔面を直撃した。
マインドは抽出時点でのマスターの知識や経験をある程度継承しているとか本に書いてたことがあった。これは赤でこれは青とか。人を切れば血が出るし死ぬ。そんな常識はもちろん、生まれて3日目のトニーが流暢に人の言葉を話せるのもそのためだ。
もちろんマインドはマスターの完全なコピーじゃない。発想や個性は大抵マインド独自に分岐していく。だけど…
「ランセットのレポートをほとんど仕上げられるトニーって一体…」
「ま、集中力や機転の違いやないかな!」
ちょっと自慢気のトニー。そこはなんとなくランセットに似てはいる。
「でもそれってさ、本人の為にはなってないんだろ?」
レッダーはしれっとまともなことを言う。
「ランセットの身となり力となるための課題なのにさ、それをトニーが片づけちゃうとなんかもったいなくね?」
「…………」
「…………」
一同沈黙し、微妙な空気が漂った。
レッダーがそれを言うのか。
ま、まあ―――正論だな。
視線を外に移す。
昨日は曇り空だったのに、今日は気持ちのいい快晴。
空気は温かく・そして乾いていて最高。草の匂いがする。
ライバーはオレの膝の上でちょこんと座って、うとうとしている。
相変わらずかわいいなぁ。
マインドは通常のペットとは違い、公共の交通機関での運賃は実質かからないことになってる。混んできたらリュニオン状態・同化したりでスペースを譲って下さいみたいな感じだった。やっぱりこれも国のマインドに対しての優遇政策の一つなのだろうか。
普通のペットだったらケージに入れて~みたいな縛りがあった気がするが。
知能が高い精神生命体だからか、少なくともライバーやトニーやコーンは他人に噛みついたり暴れたりは絶対しない。
時々レッダーが噴き出す液体の方が心配なくらいだ。
今オレたちは向かいのボックス席に座っている。
気が付くと、隣側の奥に一人で座っている少年がいた。
ちょっと身を乗り出さないと見えない。
歳はオレたちと同じくらいだと思う。
レッダーみたいに活発なタイプじゃなくて、どっちかというと大人しい感じのコだ。
オレたちはそれぞれ色々さぼって来ているけど…このコもそうなのかな?
オレはライバーを座席に置いて、そのコの元へと近寄った。
「こんにちは。オレたちサエラに行くんです。良かったら一緒に座りませんか?」
歳が近いからどうしても気になった。…それだけじゃあないかもしれないが。
「こんにちは。僕は他に一緒に来ている人がいるので。勝手なことしちゃうと怒られてしまうんです」
表情があまり動いていなかった。淡々としていて…緊張しているのかな?
「なぁ、お前サッカーやるのか?!」
「………あちゃぁ…」
突然横から割り込んできたレッダーのよく分からない問いに、オレはやられた感を隠せない。しかしそのコは平然としていた。
「僕はスポーツをやったことがないんです。みなさんはサッカーをされるんですか?」
「ああ、俺とディールだけなんだけどな!あそこにいるランセットってのはバスケやるんだ」
「そうなんですか。きっと楽しいんでしょうね」
そのコの瞳はすごく深い翠をしていた。
スポーツをやったことがないって…?
よほど厳しい家庭環境と見える。
「ねえ!君もこの電車に乗ってるってことはサエラに向かってるんだよね?」
オレの問いに少年はこくっと真っ直ぐ頷いた。
「はい、そうきいています」
「じゃあさ、君も時間があるなら、向こうでやってみる?サッカー」
少年は少しうつむいて考え込んだ。そして―――
「……僕はサッカーを知らない。だから―――経験してみたいです」
「よっしゃあ!決まりぃーっ!じゃあやろうぜ、サッカー!」
そう言いながらオレ以上に興奮気味のレッダーが少年の背中をバンバン叩く。
「ごめんなさいね、そういうわけにはいかないの」
突然女の人の声が聴こえた。ずっと後ろ……隣の車両から来たのだろう。
髪の長いモデルみたいな体型の女の人だ。サングラスをかけていて素顔ははっきりと分からないが、それでもかなりの美人だと窺える。
モデル美人は少年に向かって歩みを進めながらこう言った。
「この子にはこれからやらなくちゃいけない仕事があるの。折角声をかけてくれたのにごめんなさいね」
この子…?母親にしては若すぎる。
姉にしては似ていなさすぎる。
関係性が全然読めない。
「ダリス、向こうに着いてから時間は空きますよね?」
少年がそう抗議(?)すると、ダリスと呼ばれたモデル美人から鋭い殺気のようなものが放たれた。
「私の指示が聴こえなかったの?ルナ」
少しだけ―――間が空いた。一瞬だったかもしれない。だけど、すごく長く空気が張りつめた。
「ディールさん、レッダーさん、ごめんなさい。僕は仕事があるのでみなさんとサッカーはできそうにありません」
淡々と―――ルナと呼ばれた少年は答えた。
感情はあまり感じられないが、どうしてもオレには苦しそうに聴こえた。
でも……ルナ君にはルナ君の都合がある。よくわからないけどやらなきゃいけない仕事もある。そこの事情にはどうしても踏み込んじゃいけないんだ。
「いいよ―――気にしないで!でも、サッカーすっごく面白いから…。また機会があったらその時にやろうね!」
オレは力いっぱい笑顔を作って、ルナに言った。
「――――――はい」
誰より辛いのはきっとルナ君なんだろうと思う。
それからルナ君とダリスさんは立ち上がり、隣の車両へと移動した。
トイレなのか食事なのか。それとも一緒の車両にいるのが気まずくなってしまったのか。
ちょっとだけオレは残念だった。
「ディール、残念だったな。なんだよ、あのダリスって女!おっぱいおっきいけど」
レッダーの怒りの矛先はダリスさんへ向かっていた。
「仕方ないよ、レッダー。色々事情があるんだよ」
オレは再び元の席へと戻り、外の景色に目を向ける。
「友だちになれるかも―――って、思ったんだけどな。なんとなく」
オレはそうこぼしていた。
「ミユミユ!」
ライバーがオレの膝の上で立ち上がり、励まそうとする。
今のオレには、いつも一緒のライバーがいる。
レッダーも友だちになった。トニーやコーンとも。
一人じゃないだけ……こんなにも友だちがいるのはすごく幸せなんだと思う。
だから、あのコともこのコともってのは贅沢なのかな?
でもルナ君にも―――誰か傍にいてくれる友達がいるのかな?
「う…ふぁ~ぁぁぁぁぁ……良く寝た…」
微妙なタイミングでランセットが目を覚ました。
「まったく、どうしてそうマイペースなんかいな?」
トニーの突っ込みに、ランセットは若干寝ぼけ気味ながら
「トニーに似たんじゃない?」
「…………ぶべぼっ!!」
絶妙なタイミングで再び飲み始めたコーラを、レッダーはオレに向かって放出した。
どんだけ笑いのツボ弱いんだよ…ちくしょう……!
サエラ駅は白いペンキで塗られたボードが印象的な、海の街!って感じの駅だった。
サーファーとかが多そうだ。ハイテク(?)で色々進んでいるメリグロウォスと比べると質素なもので、頑張れば柵とか乗り越えてタダ乗りもできそうな感じだ。オレはしないけど。
辺りを見回してみると……ルナ君はもう行ったのだろうか。
確かこの駅で降りるとか言ってたから、また見かけられるかと思ったんだけど。
さて、今は11時を少し回ったところ。協会まではここから歩けば30分という微妙な距離だ。
確かバスも出ていたと思うけど、1時間に2本とかっていう田舎ダイヤだったと思う。だったら30分くらい歩いた方が早い。
徒歩1分は60メートルで計算されてたと思うから、徒歩30分はおよそ1800メートル。
走れば5~6分でも着いてしまう。
それに、研修があるのは明日!
今日は―――
「泊まるところ決めてから遊んじゃおう!」

