第6話
「おおおおお!お前か!オレに話しかけてきたのは……タヌキのマインドか?!」
「わ…わ…わいはタヌキやないっ!!!ネコ型マインド!!!!」
トニーは顔を赤くして怒った。
このセリフ、多分この先もお約束として続く気がする。
「それじゃあ俺、仕事で緊急呼び出し入ったから、これで帰るな!」
言ってお兄さんはそそくさと帰ろうとする。だが―――
「また、会えますか?!」
オレは縋るように言葉が出た。
……なぜだか分からない。この人にはまた会いたい。すごくそう思った。
しかし―――
「機会があったらな!」
にっと歯を見せて振り返る。
オレはなんとなく思う。特にまた会いたいと思わないのに、また会おうと言われてしまったらこう返すものだと…。少し、がっかりした。
銀髪のお兄さんはメリグロウォス方面へ、忍者のように走り去った。
悪い奴らもメリグロウォスへ消えていった。メリグロウォスはこの国の首都だから、大きな街だし、色々ある。だけど……胸騒ぎがする。
このまま進むか、家へ帰るか。足の傷は酷ければ病院へ行かなくちゃいけない。
でも、母さんの心配する顔は見たくない。
「ランセット―――オレ、ダメだね」
ショックなことが多すぎて、オレは疲れ切っていた。
オレはランセットのように強くない。オレを守ろうとしてくれた真っ直ぐな心。トニーと連携して、ピンチを乗り切ろうとしてた。オレはただ、もうだめだという諦めしかなかったのに。
ランセットとは同い年で、マインドに触れたのも同じ日。それなのにこの違い。
「ディール、ちゃんと聴いてあげなよ」
ランセットは真顔でオレを見つめていた。聴く―――何を…?
「ライバーの声、ちゃんと聴こえてんの?!」
あ―――。
「ライバー……」
ずっと心配そうな顔で、オレのそばから離れていなかった。
ライバーは、オレの大事な家族。友だち。仲間。自分自身。
オレは、ライバーがトニーのように喋れないことや、強くないことを疎ましく思ってたかもしれない。それは、ライバーが悪いことじゃない。悪いのは……全部……
「ごめん、ライバー…」
苦しくて。苦しくて。強くライバーを抱きしめた。
涙は、我慢出来なかった。
ライバーは喋れない。だけど、気持ちが流れ込んできた。
テレパシーとかそういうものじゃない。はっきり声が聴こえたわけじゃない。
だけど……子どもの声。声変わりのしていない、男の子の声。
―――ディール、足、痛いでしょ?ぼくが治してあげるよ
知らない声。なんとなく、それはライバーの声だと思った。
(ライバーに、そんなことできるの?)
―――だいじょうぶ。いま、ディールはぼくの声が聴こえているんだよね?
(うん……今まで聴こえなかった。いや、聴こうとしなかっただけなんだ。ライバーは喋れない。だからオレはライバーの声を聴こうとしなかったんだ。ごめんね……)
―――いいよ。今はこうして聴いてくれるんだから……
どんな理屈か分からない。だけどオレは初めてライバーと心を通わせられているんだ。
―――ディール。ぼくと気持ちを一つにして……
気が付くと、やっぱりまだ森の中にいた。
ほんの僅かな時間、違う世界に行っていたような気分。今は意識がはっきりしている。
お兄さんにバンダナを巻いてもらった右足は、痛むことはなく、すごく熱くなっていた。
火傷しそうな熱さではなく、熱めのお風呂に入っているような感じ。
足に力を入れると、普通に動く。そしてそのまま立ち上がれた。
ただ、ズボンやバンダナは血がたっぷり染みこんでいて、まだ生々しく赤いまま。見ていると自分で怖くなるが、意外にも足は平気だった。
ライバーが治してくれたということなのだろう。
(ありがとう、ライバー)
辺りを見回すと、ライバーはどこにもいなかった。
「ライバー?!」
―――ディール、ぼくはここだよ。ディールの中だよ。
また、頭に声が響いてくる。
―――同化して、傷を治す力を強化してるんだ。完治したらまたもとに戻るから、心配しないで。
……そうか。そんなことが出来るんだ。
これもまた理屈は分からないけど、そうなってるようだ。
お兄さんが、お前ならなんとか出来るだろとかナントカ言ってライバーに視線を移し、ライバーは鳴いた。……何かを訴えるように。
ライバーはきっともっと早くからオレに訴えていた。
それにオレはずっと気が付かなかっただけなんだ。
「うまくいったようだね、ディール」
ランセットの顔が前にあった。
「どうする?これから!」
訊かれたオレは少し考え込む。
足のケガで病院や自宅に引き返すことも考えた。でもその必要もなくなり、今からだと引き返すよりメリグロウォスに向かう方が早い。
それに、明日からはマインド協会の導入研修がある。きっと、この能力もその研修で習得出来るものなのだろう。……もっと、オレは知りたい。マインドのこと―――ライバーのことを解りたい。
「行こう!メリグロウォスへ!!」
歩いて5分ほどでオーガー森林公園を抜け、広大な草原が広がっていた。草原は傾いた陽の光で朱色に染まる。
進むと、子どもがちらほらと遊ぶ姿も見受けられる。鬼ごっこやサッカーをしている子どもたち。犬の散歩をするおばさん。ランニングする青年。さっきまでの生きるか死ぬかの事件が夢だったかのような、長閑な日常の風景。
家も疎らに見えてきた。そのずっと先には……そびえたつ沢山のビルの群れ。中心には高層ビルも見える。そして……高層ビルほど高くはないが、広大な敷地に大きなお城がある。
ここが…この国の首都メリグロウォス。
メリグロウォスに入ったとはいえ、中心街までまだ少し歩く。
だけど時計はもう18時13分。そろそろ宿屋を決めておかなくちゃ。ホテルとも言うけど。
足はすっかり良くなり、熱も治まり、今はどちらかというと少し痒い。瘡蓋ができているのかズボンが血で固まりまくってパリパリになっているのか。洗濯したいしお風呂にも入りたいところだ。
ライバーは元に戻り、オレの横をてくてく歩いている。
だが、傷を治すのが大変だったのか、かなり疲れ切っている。ランセットも。トニーも。もちろんオレも……
「あれ?お前、イレキスのキャプテンだよな?」
気が付くと、目の前には金髪の少年がネットに入ったサッカーボールを持って立っていた。
スポーツウエアに身を固め、汗で服も濡れている。その辺でサッカーの練習終わって、これから帰ります!という感じだ。
サッカー少年に似合わないくらい筋肉質な上半身。がっちりとした体格に金髪の前髪は逆立ててやんちゃな雰囲気を出している。この顔に、なんとなくオレは見覚えがあった。
「メリグロウォスのキャプテン……?」
サッカー部だった頃にオレのいるイレキスのチームと練習試合を何度かしてもらったことがあった。相手チーム全員の顔と名前を憶えているわけじゃないけど、とにかくキャプテンは一番最初に目がいく。そんな感じなのかな?あとはすごいプレーをする奴とか。キーパーとか。
「おおお!やっぱりそうか!久しぶりだな~ディール」
言って彼はオレの背中をバシバシ叩いてくる。
「レッダー君こそ。練習ガンバってるみたいだね」
このバシバシ感が、レッダー君特有のスキンシップ……なんだと思う。
少し離れたところで、事情を知らないランセットが、ぽかんとしている。ライバーとトニーは疲労のため、ぐったりしている。
「ところで、ディールたちはこんなとこで何してんの?」
「えっと………話せば長くなるんだけど、実は明日メリ―――」
「おおおおおお!これ、お前のマインドなのか?!」
レッダー君は話の途中でライバーとトニーを見つけ、それがマインドだと気付いてか、ただでさえ高いテンションがもうワンランクアップする。そして、トニーを抱えあげ…
「離せボケ!離せボケ!わいは疲れてんのや!ペットと勘違いすんなや!」
じたばたじたばたもがく自称黒猫。だが、レッダー君に脇の下を持たれているせいか、短い手も足も宙を泳ぐだけだった。
「ディールのマインド、喋れるんだ!すげーな。このタヌキ」
「わいはタヌキやないっ!ネコ型マインドぉぉぉーっ!」
じたばたじたばた。
「あの~その黒いの、オイラのマインドなんだ…」
ランセットが申しわけなさそうに入ってきた。
「あ、ごめんね。間違えちゃった!」
すぐさまトニーをランセットに返し、今度はライバーを抱えあげる。
「おおおおおお!これがお前のマインドなのか?!」
「――――――そうだね」
セリフをやり直したことを突っ込むべきか悩んだけど、とりあえずみんな疲れているし、話を進めないといけない。
「ミユ!」
ライバーは一言鳴いた。なんとなく、レッダー君を気に入ったようだ。
「ディールのマインド、喋れるんだ!すげーな。この…………こ!」
もう突っ込まない。
「ディール…足、ケガしてんのか?!おいっ!すごい血じゃねぇか!」
ケガしていたのが足の後ろ側だからか、今さら気付かれた。
ケガはもう治った―――と思うけど、ズボンやバンダナに付いた血は消えたわけじゃない。

